大天使と守護の天使たち

大天使と守護の天使たち

末吉町教会主任司祭 ヨゼフ 濱田 壮久神父

  9月中は横浜教区にとっても日本のカトリック教会にとっても大きな喜びとなる叙階式がありました。横浜教区にとっては9月15日(土)に横浜カテドラルである山手教会で梅村司教様によってフィリポ崔源太(チェ・ウォンテ)神父様が横浜教区司祭として叙階されました。崔神父様は、ペトロ李炳憲(イ・ビョンホン)神父様が来日前からその召命の歩みに関わってきたということで、ソウル大司教区の助祭として叙階された後、かねてから李神父様に宣教師として日本に来る可能性についてご相談していたこともあり、横浜教区への移籍を願ったそうです。こうして、一人の若い宣教師が私たち横浜教区に移籍してくださり、これからの一生を横浜教区の私たちのために捧げて下さることは本当に大きな喜びです。

この写真は、叙階式ミサ後に右から私、崔神父様、李神父様、フィリピン留学中の田邊神父様とで撮った写真です。

  日本の教会にとって大きな喜びは、5年4か月にわたって空位が続いていたさいたま教区司教として、サレジオ会日本管区長のマリオ山野内倫明司教様がフランシスコ教皇様によって任命され、9月24日(月)に浦和にある明の星学園中学高等学校のジュビリーホールで司教叙階式が執り行われました。なお、日本語では司祭も司教も「叙階」という訳語を用いていますが、司祭の「叙階」は”Ordinatio”(オルディナツィオ、「位階への加入」の意味)と言い、司教の「叙階」は”Consecratio”(コンセクラツィオ、「聖別」・「奉献」の意味)と言うので、概念が全く異なります。

  山野内司教様は8歳で家族ごとアルゼンチンに移住し、アルゼンチンでサレジオ会に入会しました。そしてアルゼンチン管区で修練長や修道院長をなさった後、1997年に日本管区に移られました。私は神学生時代から山野内司教様にお世話になっていたこともあり、2007年の私の司祭叙階式には山野内神父様(当時)も来て下さいました。そして、司祭団の一員として按手をして下さり司祭団に迎え入れて下さいました。今回、山野内司教様が横浜教区と同じく多国籍の信徒が多数居住しているさいたま教区で教区長として着座なさったことは、さいたま教区の未来にとってとても大きな希望の印になると思います。さいたま教区の皆様、本当におめでとうございます。

右の写真は山野内司教様とお母様と、司教様の弟さんで浜松教会主任の山野内神父様と一緒に撮影したものです。

なお、10月8日(月)には鹿児島教区で日本カトリック神学院院長のフランシスコ・ザビエル中野裕明被選司教様の司教叙階式が執り行われる予定です。今年は、大阪大司教区での前田枢機卿様の枢機卿親任、酒井、アベイヤ両補佐司教様の司教叙階、さいたま教区での山野内司教様の司教叙階、鹿児島教区での中野被選司教様の司教叙階と、大きな喜びが続き、さらには、来年の秋ごろ、フランシスコ教皇様の来日も発表されました。神様の恵みに満たされて、日本におけるカトリック教会がイエズス・キリストの福音を多くの人に告げ知らせることが出来るように心を合わせて祈りながら歩んでまいりましょう。

 さて、カトリック教会では、聖書に基づいて、伝統的に昔から天使を大切にしてきました。そして、毎年9月29日には「大天使聖ミカエル、ガブリエル、ラファエル」の祝日を祝います。また、10月2日には「守護の天使」の記念日を祝います。

天使達について、Youcat(Youth Catechism,若者用カテキズム)54項「天使って、何?」では、

 「天使は純粋に霊的な被造物で、知性と意思を持っているんだ。肉体はなく、死ぬこともなく、ふつうは目に見えない。神のおられるところにいつもいて、人々に御旨(みむね)や神の保護を伝えるんだよ。」と教えています。

カトリック教会の偉大な聖人、左側のイコンに描かれている大聖バジリオ(330A.D.頃-379年)は天使達について「天使は、信じる一人ひとりのかたわらに立ち、あなたがいのちへ導かれるまで、保護者や牧者となってくれる。」と教えています。

大天使(だいてんし)聖(せい)ミカエル、ガブリエル、ラファエル

カトリック教会では、9月29日に大天使ミカエル、ガブリエル、ラファエルのお祝いをします。3人の大天使の名前にはそれぞれ特別な意味が込められています。

  右の御絵(ごえ)は大天使ミカエルですが、ミカエルは「天軍の総帥(そうすい)」、という称号を持っています。そして、悪魔との霊的な戦いで、いつも大きな役割を果たしています。ミカエルという名前は、ヘブライ語ですが、「神に似ている者は誰か?」という意味で、反語的表現として「神を超えるものは誰もいない」という意味を表しています。なお、ミカエルは”Michael”と書くので、ミヒァエル、マイケル、ミケーレなどの発音で、人名にも多くつけられています。

聖書の中では、ミカエルについて黙示録で次のように記されています。

【黙示録12章1節~12節】

12・01 また、天に大きなしるしが現れた。一人の女が身に太陽をまとい、月を足の下にし、頭には十二の星の冠をかぶっていた。12・02 女は身ごもっていたが、子を産む痛みと苦しみのため叫んでいた。12・03 また、もう一つのしるしが天に現れた。見よ、火のように赤い大きな竜である。これには七つの頭と十本の角があって、その頭に七つの冠をかぶっていた。 12・04 竜の尾は、天の星の三分の一を掃き寄せて、地上に投げつけた。そして、竜は子を産もうとしている女の前に立ちはだかり、産んだら、その子を食べてしまおうとしていた。12・05 女は男の子を産んだ。この子は、鉄の杖ですべての国民を治めることになっていた。子は神のもとへ、その玉座へ引き上げられた。12・06 女は荒れ野へ逃げ込んだ。そこには、この女が千二百六十日の間養われるように、神の用意された場所があった。12・07 さて、天で戦いが起こった。ミカエルとその使いたちが、竜に戦いを挑んだのである。竜とその使いたちも応戦したが、12・08 勝てなかった。そして、もはや天には彼らの居場所がなくなった。12・09 この巨大な竜、年を経た蛇、悪魔とかサタンとか呼ばれるもの、全人類を惑わす者は、投げ落とされた。地上に投げ落とされたのである。その使いたちも、もろともに投げ落とされた。 12・10 わたしは、天で大きな声が次のように言うのを、聞いた。

「今や、我々の神の救いと力と支配が現れた。神のメシアの権威が現れた。我々の兄弟たちを告発する者、昼も夜も我々の神の御前で彼らを告発する者が、投げ落とされたからである。 12・11 兄弟たちは、小羊の血と自分たちの証しの言葉とで、彼に打ち勝った。彼らは、死に至るまで命を惜しまなかった。 12・12 このゆえに、もろもろの天と、その中に住む者たちよ、喜べ。」

  右の御絵(ごえ)は大天使ガブリエルですが、ガブリエルは聖母マリアに神の御子イエズス・キリストの受胎告知を行ったことで有名です。ガブリエルという名前もヘブライ語ですが、「神が私の力」という意味です。

  左の御絵は大天使ラファエルですが、ラファエルの名前もヘブライ語で、「神は癒される」とか、「神の薬」、という意味です。横浜教区司教である梅村司教様の霊名がラファエルですから、私たち横浜教区のカトリック信者にとってはミサの度に祈りの中で唱えられる名前ということで、最も馴染みのある大天使だと思います。

大天使ラファエルについては、旧約聖書のトビト記に記されています。トビト記では、大天使ラファエルがとても大切なことを若者であるトビトに教えました。

【トビト記12章6節~18節】

12・06ラファエルはトビトとトビアの二人だけを呼び寄せて言った。「いつも神をほめたたえていなさい。神があなたがたのためにしてくださった数々の恵みをすべての人々に告げて感謝し、人々が神の御名をほめたたえ、賛美の歌をうたうようにしなさい。神がなさったことを、畏敬の念をもってすべての人々に語り、神に感謝することをためらってはなりません。12・07 王の秘密は隠されていて当然だが、神のもろもろの御業は明らかにされ、畏敬の念をもって宣べ伝えられるべきです。善い業に励みなさい。そうすれば災いに遭うことはありません。12・08 真実をもって祈りをささげ、正義をもって慈善の業をする方が、不正を行って金持ちとなるよりも、よいことです。金をため込むよりも慈善の業をする方がはるかにすばらしいことなのです。12・09 慈善の業は、死を遠ざけ、すべての罪を清めます。慈善を行う者は、幸せな人生を送ることができます。12・10 罪を犯し、不正を行う者は、自分自身を不幸にするのです。12・11 わたしはあなたがたに、真実をことごとく明らかにし、何一つとして隠すことはしません。『王の秘密は隠されていて当然だが、神のもろもろの御業は畏敬の念をもって明らかにされるべきだ』とはっきりとあなたがたに言ったとおりです。12・12 さて、今だから言うが、トビトよ、あなたが祈り、サラが祈ったとき、その祈りが聞き届けられるように、栄光に輝く主の御前で執り成しをしたのは、だれあろうわたしだったのだ。あなたが死者を葬っていたときもそうだった。12・13 あなたが食事にも手をつけないで、ためらわずに出て行き、死者を手厚く葬ったとき、12・14 わたしは試みるためにあなたのもとに遣わされて来たのだ。神はまた、あなたと嫁のサラをいやすためにわたしをお遣わしになった。 12・15 わたしは、栄光に輝く主の御前に仕えている七人の天使の一人、ラファエルである。」

12・16 トビトとトビアの二人は驚いてひれ伏し、恐れおののいた。12・17 ラファエルは二人に告げた。「恐れることはない。安心しなさい。とこしえに神をほめたたえなさい。12・18 わたしがあなたがたと共にいたのは、あなたがたに好意を持っていたからというより、神がそう望まれたからである。日々、神をほめたたえ、賛美の歌をささげなさい。」

守護の天使

  カトリック教会では、一人ひとりに神さまから守護の天使が送られて、人生の旅路を一緒に歩み、守って下さっていることを固く信じています。そこで、10月2日には全世界の教会で全ての守護の天使を讃えてお祝いします。

旧約聖書の詩編91番には、「91・11 主はあなたのために、御使いに命じて /あなたの道のどこにおいても守らせてくださる。/91・12 彼らはあなたをその手にのせて運び 足が石に当たらないように守る。」と記されています。

天使への祈りとしては、以下の「守護の天使への祈り」や、1886年にレオ13世教皇様によってミサ後に唱える祈りとしてミサ典礼書に収載された「大天使ミカエルへの祈り」等があります。末吉町教会では、毎ミサ後に、司祭と侍者とでこの「大天使ミカエルへの祈り」を捧げています。

【守護の天使への祈り”Angele Dei”】

わたしの守護者である神の使いよ、

天のあわれみによってあなたにゆだねられるわたしを

照らし、守り、治め、導いてください。アーメン。

Angele Dei, qui custos es mei, me, tibi commissum pietate superna, 

illumina, custodi, rege et guberuna. Amen.

【大天使ミカエルへの祈り(レオ13世の祈り)】

大天使聖ミカエル、戦いにおいてわれらを護り、悪魔の凶悪なる謀計(はかりごと)に勝たしめ給え。天主のかれに命を下し給わんことを伏して願い奉る。あゝ天軍の総帥、霊魂をそこなわんとてこの世をはいかいするサタンおよびその他の悪魔を、天主の御力によりて地獄に閉込め給え。アーメン。

至聖なるイエズスの聖心、われらをあわれみたまえ(この部分を3回繰り返す)。

この10月は、私たち一人一人が天使たちに守られていることに気づき、神さまの恵みに満たされていることへの感謝のうちに過ごすことが出来ると素晴らしいですね。

十字架称賛の祝日について

末吉町教会「街の灯」2018年9月号巻頭言

十字架称賛の祝日について

末吉町教会主任司祭 ヨゼフ 濱田 壮久神父

 今年の夏は例年にない暑い日が続きましたが、末吉町教会では8月12日に梅村司教様によって55名の方々が堅信の秘跡を授けて頂くことが出来ました。準備にあたって下さった堅信準備委員会、総務委員会、典礼委員会をはじめとする教会の皆様、本当にありがとうございました。今回は、日本共同体、フィリピン共同体、中国共同体、韓国共同体、ベトナム共同体から受堅者がいたので本当に国際色豊かで、使徒言行録に記載されているような、聖霊降臨の際の教会のように多くの異なる背景を持つ人々が聖霊の働きによって一つに結ばれるという体験をすることが出来ました。今回、堅信の秘跡を受けた皆様は、既に堅信を受けている末吉町教会の皆と力を合わせて、聖霊の息吹に満たされてイエズス・キリストから託された王職(神の愛を証しする力)、預言職(信仰を伝える力)、祭司職(祈る力)をそれぞれの生活の場で大いに発揮して下さることと期待しています。本当におめでとうございます。

8月15日には19:00からロザリオの祈りの各連を日本語、英語、中国語、ベトナム語、韓国語でお捧げすることもできましたし、19:30からの聖母被昇天の祭日のミサも各共同体から典礼奉仕者が出る素晴らしい国際ミサとしてお捧げすることが出来ました。ご協力くださった皆様、本当にありがとうございました。

8月19日(日)から21日(火)にかけては、「つながり隊」というテーマで神奈川第3地区教会学校合同サマーキャンプが千葉県にある佐倉草笛の丘で開催されました。当日は、末吉町教会と二俣川教会に分かれて集合し、それぞれバスに乗って千葉県に向かいました。合宿参加者は52名で、末吉町教会からは12名が参加しました。また、スタッフは二俣川教会の姜神父様と私の2名を含めて25名が参加しましたが、末吉町教会からはドゥ・ドゥク・ロン君、何凡君が準備の段階から加わり、素晴らしい合宿を作ることが出来ました。

合宿の初日は、主日のミサの後で末吉町教会のお母さんたちの手によるお昼ご飯を頂いてからバスに乗り、一路千葉県へと向かいました。会場についてからはそれぞれの教会から集まったスタッフの紹介があり、お風呂の後で夕食を食べてから各班で仲良くなるためのアイスブレーキングのプログラムがあり、その後、祈りを捧げてから小学生は就寝、中高生は分かち合いプログラムを行いました。

二日目は鳥のさえずる林の中での野外ミサで始まりました。そして、朝食の後で班ごとに夏の教会カルタを作成して、みんなで楽しく大カルタ取りを行いました。それぞれがとても個性的な句を作り、また、創造性に富んだ絵を描いていたことが印象に残っています。お昼ごはんの後で、大自然の中、ウォークラリーを行いましたが、どのグループも小さい子から中高生のお兄さんお姉さんまで、本当に仲良く交わって一つ一つのチェックポイントをクリアしていきました。その後、お風呂に入って夕食を食べた後、キャンプファイヤーを行いましたが、皆で楽しくフォークダンスを踊ったりゲームをしたりして、最後にはキャンプファイヤーの残り火を十字架の形にして、主の十字架を囲んで夕の祈りを捧げました。それから小学生は就寝、中高生は分かち合いプログラムを行いました。

三日目はラジオ体操と朝の祈りの後で朝食を頂き、部屋の清掃をしてから西千葉教会へ向かい、合宿の結びのミサを捧げ、お弁当を食べてからバスで二俣川教会へ向かいました。二俣川教会で解散式を行いましたが、皆が本当にキリストとつながり、お互い同士でも信仰においてつながることの出来た素晴らしい合宿となりました。準備にあたって下さったリーダーの皆様、本当にありがとうございました。

さて、9月14日は十字架称賛の祝日ですが、この祝日には人々の救いと勝利の希望であるキリストの十字架、死と罪とに打ち勝つ勝利のしるしである十字架を讃えて祈ります。使徒聖パウロは、「十字架の言葉は、滅んでいく者にとっては愚かなものですが、わたしたち救われる者にとっては神の力です。」(Iコリ1.18)と力強く証言しています。ちなみに、この「十字架称賛」の祝日は十字架の崇敬と結びついていますが、十字架の崇敬が盛んにおこなわれるようになったのは、335年にエルサレムでキリストの墓の上に復活聖堂が献堂されたことが大きなきっかけとなったそうです。そして、5世紀頃にはエルサレムでは復活聖堂の献堂を記念する9月13日の翌日にキリストの十字架を称賛して礼拝する典礼捧げられるようになり、ローマ典礼全体には7世紀には取り入れられて荘厳に祝われるようになりました。ちなみに、この「復活聖堂」という名前は正教会の伝統的名称で、カトリック教会では「聖墳墓教会」(Ecclesia Sancti Sepulchri)と呼びならわされてきました。この教会は、イエズス・キリストが十字架にかけられたカルワリオの丘の岩(ゴルゴタの丘)と、イエズス・キリストが葬られ復活したお墓との上に立てられています。

ちなみに、主の贖(あがな)いの神秘が成し遂げられた聖なる場所ですので、ローマ・カトリック教会、ギリシャ正教会、アルメニア使徒教会、コプト正教会、シリア正教会、エチオピア正教会の共同管理となっています。なお、カトリック教会での聖地の管理については、1217年以降、アッシジの聖フランシスコが創立した「小さい兄弟会」(O.F.M.)に委託されており、Custodia Terrae Sanctae(聖地管理団)として2017年のフランシスコ教皇様のエルサレム訪問の際には800周年記念を祝いました。

なお、2018年8月12日(日)、末吉町教会の小聖堂に聖地エルサレムを管理するCustodia Terrae Sanctaeから贈られた「カルワリオの丘の岩」の聖遺物の安置式が堅信式に引き続いて横浜教区長である梅村司教様によって荘厳に執り行われました。末吉町教会の小聖堂の聖遺物顕示台の説明書きには以下のように記されています。

聖遺物―カルワリオの丘の岩―

2018年7月、来日したフランス人美術史家ジャック・シャルル=ガフィオ氏によって、末吉町教会に「カルワリオの丘の岩」の聖遺物が寄贈された。この聖遺物入れに納められているのは、イエズス・キリストの十字架が立てられた聖地エルサレムのカルワリオの丘の岩から削り取られた石である。聖遺物を納めた聖遺物櫃は、1550年頃、すなわち、聖フランシスコ・ザビエル神父が日本に上陸してキリスト教を宣教した時代にヨーロッパで制作されたものである。

2018年8月12日、梅村昌弘司教によって聖遺物顕示台が祝別され、聖遺物が安置された。

なお、ガフィオ氏は聖地エルサレムを1217年以来、800年以上にわたって管理するフランシスコ会修道院の依頼で、「聖地博物館(Terra Sancta Museum)」のための仕事を長年にわたって手掛けており、今回、長上であるフランチェスコ・パットン師から譲り受けた聖遺物「カルワリオの丘の岩」の安置教会として末吉町教会を選んだ。

クレタの聖アンデレ司教(正教会、カトリック教会の聖人(司教/大主教)。660年~740年。ダマスクスに生まれ、678年に修道士となり、692年にクレタ島のゴルテュナ(Gortyna)の大司教に就任)は十字架称賛について次のような説教を残しています。

「十字架はキリストの栄光であり高揚である」

十字架の祝日をわたしたちは祝います。これによって暗闇は追い払われ、光が取り戻されたのです。十字架の祝日を祝います。わたしたちも罪に満ちた地を足もとに見捨て、上のものを得るために、十字架にかけられた方とともに高められます。十字架を持っている人は偉大なものを持っており、十字架を所有している者は宝を所有するのです。名前ばかりではなく事実として、すべてのものの中で最も美しく、すばらしいものを、わたしは宝と呼びます。わたしたちの救いのすべてはこの十字架のうちにあり、十字架を通して、十字架に結びつけて与えられました。それによって、わたしたちはもとの状態に戻ることができたのです。

もし十字架がなかったなら、キリストは十字架につけられなかったでしょう。もし十字架がなかったなら、いのちそのものであるキリストは木に釘づけにされなかったでしょう。もしキリストが釘づけにされなかったなら、永遠のいのちの泉、すなわちこの世を贖った血と水は、そのわき腹から流れ出なかったでしょう。わたしたちは自由を得なかったでしょう。いのちの木を享受することはできなかったでしょう。楽園は開かれなかったでしょう。もし十字架がなかったなら、死は打ち負かされず、死者の国に捕らわれた者たちは解放されなかったでしょう。

それゆえ、十字架はまことに偉大で尊いものです。十字架がまことに偉大であるのは、これによって多くの善がなされたからです。キリストの奇跡と受難が完全な勝利を収めたので、これらの善も全く卓越したものです。また、十字架が神ご自身の受難の場であり、勝利の冠だからです。受難の場であるのは、キリストが十字架の上で苦しみの死を自発的に受けられたからです。勝利の冠であるのは、キリストが十字架の上で悪魔に傷を負わせ、死を打ち負かしたからです。こうして死者の国の扉は開かれ、十字架はこの世の共通の救いとなりました。

この十字架はキリストの栄光とも呼ばれ、キリストの高揚とも呼ばれます。これこそ、キリストが望まれた杯でもあり、キリストがわたしたちのために耐え忍ばれた苦しみの結末でもあります(略)。

クレタの聖アンデレ司教の教えの中で特徴となるのは、「十字架を持っている人は偉大なものを持っており、十字架を所有している者は宝を所有するのです。名前ばかりではなく事実として、すべてのものの中で最も美しく、すばらしいものを、わたしは宝と呼びます。」という、十字架を宝として理解する考え方です。キリスト教の信仰において十字架は「まことに偉大で尊いもので」ありますが、これは、十字架によって多くの善が、それも卓越した善が成し遂げられた、受難と勝利の冠だからです。

私たちの信仰生活を考えるとき、どのようにしてキリストとつながり、そして、キリストとつながった人々がお互いにつながることが出来るのかを考えるとき、常に中心にはイエズス・キリストの十字架があります。私たちの生活がどんなときにもキリストの十字架を通してキリストの栄光と結びつくように歩むことが出来る9月になると素晴らしいですね。

主の変容の祝日―共にいて下さるキリストの栄光―

末吉町教会「街の灯」2018年8月号巻頭言

末吉町教会主任司祭 ヨゼフ 濱田 壮久神父

フランシスコ教皇様は7月7日、鹿児島教区のパウロ郡山健次郎司教様の引退届を受理され、後任として日本カトリック神学院の院長であるフランシスコ・ザビエル中野裕明被選司教様(67歳)を任命なさいました。鹿児島教区に新しい牧者が立てられ、豊かに福音宣教の実りを結ぶことが出来るよう、心を合わせお祈りいたしましょう。なお、私も4月から日本カトリック神学院で教会論を教えているので、面識のある中野被選司教様ですが、本当に人間味にあふれて温かい方なので、鹿児島教区の皆様にとって素晴らしい牧者が教皇様によって立てられたと思います。ちなみに、日本カトリック神学院からは、前院長の白浜司教様が広島教区長に任命され、中野被選司教様が鹿児島教区長に任命されました。後任の院長人事について、司教様方はご苦労なさるかもしれません。神学生達のために素晴らしい院長が任命されるよう、あわせてお祈りくだされば幸いです。

さて、クラレチアン宣教会元総長で現大阪カテドラル主任司祭であったホセ・アベイヤ補佐司教様(68歳)と属人区であるオプス・デイの酒井俊弘補佐司教様(58歳)の司教叙階式が大阪大司教区での前田枢機卿様の枢機卿親任報告も兼ねたミサとして7月16日(月・祝)11:00から大阪カテドラルで執り行われました。当日は、晴れ渡る空の下、30度を大きく超える気温の中、冷房のない大阪カテドラルに2000名を超える信徒、修道者の皆様、200名を超える司祭団、日本の司教団が集い、3時間近くに及ぶ司教叙階式ミサ、前田枢機卿様の枢機卿親任報告ミサで思いを一つにして祈りを捧げることが出来ました。前田枢機卿様は二人の補佐司教様を迎えて、本当に嬉しそうでした。特に、アベイヤ司教様は日本語、英語、スペイン語で挨拶をなさり、それぞれの言語話者の共同体は大きな喜びを表明していました。また、酒井司教様もとても人情味あふれる挨拶をなさっておられ、大阪カテドラルの中にキリストにおける一致の雰囲気が満ちていました。

司教叙階式ミサの後、7月16日から17日にかけて開催されたAOS(船員司牧)全国研修会が開催されるカトリック神戸中央教会に移動しました。当日は、酷暑の影響でJRの線路にゆがみが発生して、電車が運休したり、遅延したりするハプニングもありましたが、参加者は無事に会場に集合して研修会を始めることが出来ました。船員司牧の研修会は持ち回りで全国の港で開催されますが、今回は聖公会のポール・トルハースト司祭がご自身のこれまでのイギリスや日本各地での船員司牧(聖公会の船員司牧はMTS, Mission to Seafarersと呼ばれています。)の体験についてご紹介くださいました。その中で印象に残ったのが「キリストのわざを行う」という使命感でした。私たちが他の人と関わる時、何か大きなことをしなくても、相手のことを思って何かをするとき、そこにキリストが共におられるのだ、ということを強調なさっていましたが、このような姿勢は、全てのキリスト者にとって、どんなときにも胸に刻んで毎日の生活を送ることが出来るならば、素晴らしい実りを結ぶことと思います。

8月6日には「主の変容」の祝日をお祝いします。末吉町教会では月曜日ですが聖堂で10:00からミサをお捧げします。この「主の変容」の祝日は、読書課の説明では次のように記されています。

「この祝日は、東方教会においては五世紀頃から祝われていた。主の変容が受難の四十日前に起こったというある伝承にもとづいて、九月十四日の十字架称賛の祝日の四十日前にあたるきょう祝われるようになった。西方教会に広まったのは十一世紀になってからで、一四五七年にカリスト三世教皇によってローマ教会暦に加えられた。主の変容は、受難を通して神の栄光を受けるキリストの姿を表すことによって、キリストが担われる十字架に弟子たちがつまずかないように、彼らの信仰を固くする出来事であった。」

どんなときにも、どんな困難が待ち受けていても、イエズス・キリストがいつも共にいて下さることを心に刻むことが出来るように、主はタボル山で天の栄光のお姿を先取りしてお示しになりました。マタイ福音書では次のように記されています。

【マタイによる福音書171節~8節】

17・1 六日の後、イエスは、ペトロ、それにヤコブとその兄弟ヨハネだけを連れて、高い山に登られた。17・2 イエスの姿が彼らの目の前で変わり、顔は太陽のように輝き、服は光のように白くなった。 17・3 見ると、モーセとエリヤが現れ、イエスと語り合っていた。 17・4 ペトロが口をはさんでイエスに言った。「主よ、わたしたちがここにいるのは、すばらしいことです。お望みでしたら、わたしがここに仮小屋を三つ建てましょう。一つはあなたのため、一つはモーセのため、もう一つはエリヤのためです。」17・5 ペトロがこう話しているうちに、光り輝く雲が彼らを覆った。すると、「これはわたしの愛する子、わたしの心に適う者。これに聞け」という声が雲の中から聞こえた。 17・6 弟子たちはこれを聞いてひれ伏し、非常に恐れた。 17・7 イエスは近づき、彼らに手を触れて言われた。「起きなさい。恐れることはない。」17・8 彼らが顔を上げて見ると、イエスのほかにはだれもいなかった。

天の御父がイエズス・キリストについて、「これはわたしの愛する子、わたしの心に適う者。これに聞け」と仰せになったからこそ、私たちはいつもキリストの望みに耳を傾け、「キリストのわざ」をキリストと共に行うことが出来るようになります。

シナイのアナスタジオ司教は主の変容のお祝いにあたって次のような説教を残しています。

「わたしたちがここにいるのは、すばらしいこと」(シナイのアナスタジオ司教)

イエスはタボル山で、弟子たちにこの秘義を現されました。彼らとともに生活しながら、み国について、また、栄光のうちに再び来られることについて話してくださってからのことです。み国について話されたことについて、弟子たちが十分な確信をもっていないのではないかと思われたイエスは、彼らに心の奥底での確信をもたせるために、そして、現在のことを見せることによって未来のことへの信仰に導くために、タボル山で天の国の予型として、神の顕現を不思議なかたちで現されました。イエスは次のように言われたのではないでしょうか。「はっきり言っておく。待ちくたびれて不信仰が生じないために、人の子がその父の栄光を帯びて来るのを見るまでは決して死なない者が、今あなたたちの中にいる。」

そして、福音記者は、キリストに意志を実行する力があることを表そうとして、続けて言います。「六日の後、イエスは、ペトロ、それにヤコブとヨハネだけを連れて、高い山に登られた。イエスの姿が彼らの目の前で変わり、顔は太陽のように輝き、服は雪のように白くなった。見ると、モーセとエリヤが現れ、イエスと語り合っていた。」

きょうの祭日に思い起こされる奇跡はこれです。山の上で、今わたしたちの救いのために成し遂げられた秘儀はこれです。同じように、きょうわたしたちを呼び集めるのはキリストの死であり、キリストの祝祭です。そこで、イエスによって弟子の中から選び出されたあの三人と一緒に、神聖で名状しがたいこれらの秘義の最も深いところに入ることができるように、上のほう、山の上からしきりに呼ぶ神の神聖な声を聞きましょう。あえて言います。わたしたちはイエスのように、あの上のほうへ急がねばなりません。ここ天におられるイエスは、わたしたちの指導者であり、先達者です。わたしたちも、彼に従って霊的なまなざしをもつことによって輝きましょう。いわば、霊の輪郭において一新され、イエスの姿に似たものとされ、イエスのように絶え間なく変容させられ、神の本性に参与させられ、上なるものへと整えられましょう。

熱心に、喜びをもって走り寄りましょう。そして、モーセやエリヤ、あるいはヤコブやヨハネのように雲の中へと入りましょう。ペトロのように、神的な眺めと現れに心を奪われ、主の麗しい変容によって変容させられ、世から取り上げられ、地上から引き抜かれてしまいましょう。肉を捨てて被造界を去り、創造主に向きを変えましょう。ペトロは我を忘れて、この創造主に申し上げたのです。「主よ、わたしたちがここにいるのは、すばらしいことです。」

ペトロよ、実にここにイエスとともにいて、しかも永久にそのようにとどまるのは、すばらしいことです。神とともにいて、神に似たものとなり、光のうちにいることほど喜ばしいこと、高貴なことがほかにあるでしょうか。確かにわたしたちのうちに神がおり、わたしたちが神の姿へと変容させられているときに、喜びをもって、「わたしたちがここにいるのは、すばらしいことです」と叫びましょう。ここではすべてが明るく、喜びと幸せと楽しみがあり、ここにいれば、心のうちは安らかで澄んでいて快いのです。そして、神〔であるキリスト〕を見つめるのです。ここではキリストが父とともにわたしたちと一緒に住み、「きょう、救いがこの家を訪れた」と言って到来なさるのです。ここにはキリストとともに永遠の富の多くの宝があって、蓄えられています。ここには、あたかも鏡に映すかのように、未来の世の初物と映像が描き出されるのです。

暑さの中でも、私たち一人一人がキリストと共に聖なる存在へと変容させていただき、関わりをもつ人々に喜びと幸せをもたらすことの出来る8月を歩むことが出来ますように。

3名の司教任命と聖ペトロと聖パウロ使徒のお祝い

3名の司教任命と聖ペトロと聖パウロ使徒のお祝い
末吉町教会主任司祭 ヨゼフ 濱田 壮久神父
6月20日(水)20:05に聖アウグスチノ修道会のアルフレッド・バーク神父様が87歳で帰天されました。お通夜は6月24日(日)18:00から、葬儀ミサ・告別式は6月25日(月)11:00から横浜カテドラル(山手教会)で執り行われました。バーク神父様の魂の永遠の安息をどうぞお祈りください。
バーク神父様は1961年に来日した後、相模原、二俣川、末吉町、山手、戸塚・原宿で主任司祭を歴任し、大船の小教区管理者もなさいました。私たちの末吉町教会でも、1992年から1994年まで主任司祭として私たち共同体のために尽くして下さっていましたので、色々な場面でお世話になった皆様も多いことと思います。バーク神父様からいただいた霊的指導の賜物を大切にしながら、いつも祈りを大切にし、人と接するときは優しい笑顔を絶やさなかったバーク神父様の信仰の模範を思い起こし、私たちも倣うことが出来ますように。+Requiescat in pace.

さて、フランシスコ教皇様は6月2日(土)に、日本の教会に3名の司教を任命することを発表なさいました。2013年以来、司教空位であったさいたま教区に教区長として現サレジオ修道会日本管区長の山之内倫昭被選司教様(62歳)が、教区長が枢機卿に親任される大阪大司教区に補佐司教として、クラレチアン宣教会元総長で現大阪カテドラル主任司祭のホセ・アベイヤ被選司教様(68歳)と属人区であるオプス・デイの酒井俊弘被選司教様(58歳)が任命されました。司教叙階式は、大阪大司教区では前田枢機卿様の枢機卿親任報告も兼ねたミサとして7月16日(月・祝)11:00から大阪カテドラルで執り行われます。埼玉教区では9月24日(月・祝)11:00から浦和明の星学園ジュビリーホールで執り行われます。3名の被選司教様が聖霊の息吹に満たされて、日本の教会の礎として福音宣教の推進に大きな力を発揮してくださるよう私たちも心を一つに合わせてお祈りいたしましょう。
なお、この度、日本カトリック難民移住移動者委員会委員長の松浦司教様から横浜教区長の梅村司教様に依頼があり、私は船員司牧のコア・メンバー(AOS活動の全国担当者)の任命を頂きましたが、7月16日から17日まで神戸でAOS全国研修会を実施予定ですので、大阪で途中下車をしてアベイヤ被選司教様と酒井被選司教様の叙階式には参列しようと思っています。来月、皆様にも叙階式の様子をお知らせできればと考えています。

6月29日はカトリック教会の典礼暦では「聖ペトロ聖パウロ使徒 祭日」をお祝いします。二人はともにローマで殉教を遂げ、キリスト教信仰の礎を固めた人物です。聖ペトロはマタイ福音書の以下の記述にあるように、イエズス・キリストから選ばれ、使徒団の頭として教会の礎となった人物です。
【マタイ福音書】
16:13イエスは、フィリポ・カイサリア地方に行ったとき、弟子たちに、「人々は、人の子のことを何者だと言っているか」とお尋ねになった。16:14弟子たちは言った。「『洗礼者ヨハネだ』と言う人も、『エリヤだ』と言う人もいます。ほかに、『エレミヤだ』とか、『預言者の一人だ』と言う人もいます。」16:15イエスが言われた。「それでは、あなたがたはわたしを何者だと言うのか。」16:16シモン・ペトロが、「あなたはメシア、生ける神の子です」と答えた。16:17すると、イエスはお答えになった。「シモン・バルヨナ、あなたは幸いだ。あなたにこのことを現したのは、人間ではなく、わたしの天の父なのだ。16:18わたしも言っておく。あなたはペトロ。わたしはこの岩の上にわたしの教会を建てる。陰府の力もこれに対抗できない。16:19わたしはあなたに天の国の鍵を授ける。あなたが地上でつなぐことは、天上でもつながれる。あなたが地上で解くことは、天上でも解かれる。」

ペトロというのは「岩」という意味ですが、キリストによって付けられた名前であることが分かります。なお、ペトロは十字架にまさに架けられようとするイエズス・キリストとの間で、最後の晩餐の席で次のようなやり取りをします。

【マタイ福音書】

26:31そのとき、イエスは弟子たちに言われた。「今夜、あなたがたは皆わたしにつまずく。『わたしは羊飼いを打つ。すると、羊の群れは散ってしまう』/と書いてあるからだ。26:32しかし、わたしは復活した後、あなたがたより先にガリラヤへ行く。」26:33するとペトロが、「たとえ、みんながあなたにつまずいても、わたしは決してつまずきません」と言った。26:34イエスは言われた。「はっきり言っておく。あなたは今夜、鶏が鳴く前に、三度わたしのことを知らないと言うだろう。」26:35ペトロは、「たとえ、御一緒に死なねばならなくなっても、あなたのことを知らないなどとは決して申しません」と言った。弟子たちも皆、同じように言った。
ところが、大祭司の館で不法な裁判をお受けになった時、ペトロがイエズス・キリストの弟子だということに気づいた人との間で次のようなやり取りがありました。

【マタイ福音書】
26:69ペトロは外にいて中庭に座っていた。そこへ一人の女中が近寄って来て、「あなたもガリラヤのイエスと一緒にいた」と言った。26:70ペトロは皆の前でそれを打ち消して、「何のことを言っているのか、わたしには分からない」と言った。26:71ペトロが門の方に行くと、ほかの女中が彼に目を留め、居合わせた人々に、「この人はナザレのイエスと一緒にいました」と言った。26:72そこで、ペトロは再び、「そんな人は知らない」と誓って打ち消した。26:73しばらくして、そこにいた人々が近寄って来てペトロに言った。「確かに、お前もあの連中の仲間だ。言葉遣いでそれが分かる。」26:74そのとき、ペトロは呪いの言葉さえ口にしながら、「そんな人は知らない」と誓い始めた。するとすぐ、鶏が鳴いた。26:75ペトロは、「鶏が鳴く前に、あなたは三度わたしを知らないと言うだろう」と言われたイエスの言葉を思い出した。そして外に出て、激しく泣いた。

こうして男泣きに泣いたペトロですが、復活された主はペトロに次のような言葉をかけました。
【ヨハネ福音書】
21:15食事が終わると、イエスはシモン・ペトロに、「ヨハネの子シモン、この人たち以上にわたしを愛しているか」と言われた。ペトロが、「はい、主よ、わたしがあなたを愛していることは、あなたがご存じです」と言うと、イエスは、「わたしの小羊を飼いなさい」と言われた。21:16二度目にイエスは言われた。「ヨハネの子シモン、わたしを愛しているか。」ペトロが、「はい、主よ、わたしがあなたを愛していることは、あなたがご存じです」と言うと、イエスは、「わたしの羊の世話をしなさい」と言われた。21:17三度目にイエスは言われた。「ヨハネの子シモン、わたしを愛しているか。」ペトロは、イエスが三度目も、「わたしを愛しているか」と言われたので、悲しくなった。そして言った。「主よ、あなたは何もかもご存じです。わたしがあなたを愛していることを、あなたはよく知っておられます。」イエスは言われた。「わたしの羊を飼いなさい。21:18はっきり言っておく。あなたは、若いときは、自分で帯を締めて、行きたいところへ行っていた。しかし、年をとると、両手を伸ばして、他の人に帯を締められ、行きたくないところへ連れて行かれる。」21:19ペトロがどのような死に方で、神の栄光を現すようになるかを示そうとして、イエスはこう言われたのである。このように話してから、ペトロに、「わたしに従いなさい」と言われた。
ペトロは最後の晩餐の席でイエズス・キリストに対して力強く裏切ることはないと誓ったにもかかわらず、自分の身の危険を感じたときにイエズス・キリストの弟子であることをきっぱりと3度も否認しました。しかし、復活の後で弟子たちに現れて一緒に食事をしている場で、イエズス・キリストは3度「私を愛しているか」と問うことで、裏切りの罪を帳消しにし、「私の羊を飼いなさい」と言って、牧者としての、指導者としての使命を再び託しました。こうして、「あなたはペトロ、わたしはこの岩の上にわたしの教会を建てる。」という神秘的な教会制定の御旨は実現していくことになります。
なお、聖ペトロはローマで殉教を遂げ、聖パウロもまたローマで殉教を遂げました。現在は、聖ペトロの墓所の上にはバチカンのサン・ピエトロ大聖堂が建立され、聖パウロの聖遺物はサンパオロ・フォリ・レムーラ大聖堂(城壁外の聖パウロ大聖堂)に収められています。
さて、ベネディクト16世教皇聖下が2007年6月28日に行った「聖ペトロ・聖パウロ使徒の祭日の前晩の祈りの講話」では次のように聖ペトロと聖パウロについて説明がなされています。
使徒の時代にまでさかのぼる古代の伝承が語るところによれば、聖ペトロと聖パウロの殉教前の最後の会見はここからあまり遠くないところで行われました。二人は抱き合い、互いに祝福し合ったと思われます。この大聖堂の入口には二人の殉教の情景が一緒に描かれています。それゆえキリスト教の伝統は初めから、ペトロとパウロは切り離すことができないと考えてきました。もちろん二人はそれぞれ果たすべき使命を異にしていました。ペトロは最初にキリストへの信仰を告白しました。パウロはこの信仰の富を深めることのできる賜物を与えられました。ペトロは選ばれた民の出身のキリスト信者の最初の共同体を創立しました。パウロは異邦人の使徒になりました。二人は違うカリスマをもちながら、キリストの教会を築くという、同一の目的のために働きました。聖務日課の朗読の中で、典礼は聖アウグスチヌスの有名なテキストをわたしたちに黙想させます。「二人の使徒の記念のために一日が当てられています。けれどもこの二人は一人です。たとえ二人の殉教が別の日に行われたとしても、二つの殉教は一つです。ペトロが先になり、パウロが続きました。・・・・だからわたしたちは二人の使徒の血によってわたしたちのために聖なるものとされたこの祝日を祝うのです」(『説教295』:Sermones 295, 7. 8)。大聖レオはこう解説します。「言い表し尽くせない二人のいさおしと徳について、わたしたちはいかなる対立も違いも見いだすことができません。二人は等しく選ばれ、同じように労苦し、同じ終わりを遂げたからです」(『説教69――使徒の誕生について』:Sermo in natali apostolorum 69, 6-7)。

ローマでは最初の数世紀から、その使命においてペトロとパウロを結ぶきずながきわめて特別な意味をもつようになりました。ローマを生んだ神秘的な兄弟のロムルスとレムスと同じように、ペトロとパウロもローマ教会の創立者と考えられました。大聖レオはこのテーマについてローマに向けていいます。「この二人はあなたがたの聖なる父祖であり、真の牧者です。二人はあなたがたを天の国にふさわしいものとするために、あなたがたの城壁の最初の土台を築くことに努めた人々よりも優れ、幸いな者としてあなたがたを築きました」(『説教82』:Sermones 82, 7)。それゆえペトロとパウロは、たとえ人間的な

意味では互いに異なり、関係においては緊張もあったとはいえ、新しい国の創始者となりました。すなわち二人は、イエス・キリストの福音によって可能となった新しい真の意味での兄弟としてのあり方を実現したのです。そのためローマ教会は今日、自分の誕生日を祝っているということができます。この二人の使徒がローマの基礎を据えたからです。さらにローマは今、その使命と偉大さをますます自覚します。聖ヨハネ・クリゾストモはいいます。「太陽が光を注ぐときの天空よりもローマの町は輝いています。ローマは全世界にこの燃える松明(ペトロとパウロ)の輝きを放っているからです。・・・・だからわたしたちはこの教会の二つの柱のゆえに・・・・ローマの町を愛します」(『ロマ書講話』:In epistulam ad Romanos homiliae 32)。

ベネディクト16世教皇聖下が指摘なさるように、私たちの属するローマ・カトリック教会は、聖ペトロ聖パウロという偉大な二人の使徒、全教会の頭と異邦人の使徒をお祝いする時、いわば教会の誕生日をお祝いしているのです。教会の誕生日にあたり次の祈りを心を込めて捧げられると素晴らしいと思います。

【使徒聖ペトロと聖パウロの祭日の祈り(6月29日)】
すべてを治められる恵み豊かな神よ、▲使徒聖ペトロと聖パウロの殉教をたたえて祈ります。教会が信仰のいしずえとなった使徒の教えを受け継ぎ、その真理を世界に証しすることができるように導いてください。わたしたちが初代教会にならい、ともにパンを裂き、使徒の教えを守り、心と思いを一つにして、あなたの愛に生きることができますように。わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

6月はイエスの聖心の月―前田枢機卿様の親任式も

末吉町教会「街の灯」2018年6月号巻頭言

6月はイエスの聖心の月―前田枢機卿様の親任式も

末吉町教会主任司祭 ヨゼフ 濱田 壮久神父

5月20日(日)にフランシスコ教皇聖下は「アレルヤの祈り」の際に14名の新しい枢機卿様を親任することを発表されました。その中には大阪大司教区のトマス・アクィナス前田万葉大司教様のお名前もありました。これまで、枢機卿団の人数は213人、そのうち、80歳未満でコンクラーベでの教皇選挙権を持つ枢機卿は115人でしたが、今回の任命で80歳未満の方が11名、80歳以上の方が3名新たに枢機卿団に加わることになります。

ちなみに、日本の枢機卿としては、1960年に親任された土井辰雄枢機卿猊下(東京大司教)、1973年に親任された田口芳五郎枢機卿猊下(大阪大司教)、1979年に親任された里脇浅次郎枢機卿猊下(長崎大司教)、1994年に親任された白柳誠一枢機卿猊下(東京大司教)がおられ、日本人としては聖座の教皇庁難民移住移動者評議会議長であり2003年に親任された濱尾文郎枢機卿猊下(横浜名誉司教)がおられるので、トマス・アクィナス前田万葉枢機卿猊下は日本人としては6人目の枢機卿となります。

なお、枢機卿親任式は6月29日のコンシストリウム(枢機卿会議)で行われます。今回は、2017年12月16日に東京大司教に着座されたタルチジオ菊地功大司教様の、フランシスコ教皇様からの管区大司教として受けるパリウムの親授式も同じ日にバチカンで行われるとのことで、日本の教会にとっては、とても喜ばしい聖ペトロ、聖パウロ使徒の祭日になりそうです。使徒の土台の上に教会が建てられたことを象徴する素晴らしいお祝い日になると良いですね。

  さて、6月はカトリック教会では伝統的にイエズスの聖心の月とされてきました。この「聖心」は「みこころ」とも「せいしん」とも発音されますが、描く場合はこの御絵にあるように、イエズス・キリストの胸に光を放っている心臓が特徴となります。キリスト教徒が多い地域の言葉、例えば英語では「心」も「心臓」も同じ単語である”Heart”(ハート)で表すので、右の絵を見たとき、イエズス・キリストの「心臓」の絵を見るとき、同時に、イエズス・キリストの聖なる「心」のことも表していることを語感から受け取ることが出来ます。ちなみに、ラテン語では“Cor Jesu Sacratissimum”(直訳すると「至聖なるイエズスのみ心」)と書きます。

   左の絵は、「イエスの聖心(みこころ)」をもっと直接的に描いている絵ですが、・炎・十字架・心臓・いばらの冠・傷口が描かれています。

これは、「罪に傷つけられた心(心臓)」と、十字架の上で切り裂かれた心臓(心)とが重ね合わされて表現されており、「にもかかわらず心(心臓)から燃え立つキリストの愛」を表現しています。

イエズスの聖心は、聖書のどの場面から来ているのでしょうか。直接的には以下のヨハネ福音書の言葉に現れています。

19:30イエスは、このぶどう酒を受けると、「成し遂げられた」と言い、頭を垂れて息を引き取られた。19:31その日は準備の日で、翌日は特別の安息日であったので、ユダヤ人たちは、安息日に遺体を十字架の上に残しておかないために、足を折って取り降ろすように、ピラトに願い出た。19:32そこで、兵士たちが来て、イエスと一緒に十字架につけられた最初の男と、もう一人の男との足を折った。19:33イエスのところに来てみると、既に死んでおられたので、その足は折らなかった。19:34しかし、兵士の一人が槍でイエスのわき腹を刺した。すると、すぐ血と水とが流れ出た。

キリストの脇腹を刺し貫いた槍はイエズスの聖心をも刺し貫き、そこから教会に命を与える聖体の秘跡(キリストの御体と御血)を象徴する聖なる血が流れ出て、罪のゆるしと永遠の命をもたらす洗礼の秘跡を象徴する水とが流れ出ます。つまり、イエズスの聖心からあふれ出るキリストの愛によって教会は創立されたのだと理解されるのです。

それでは、命を与えるほどに人々を愛された十字架上のイエズス・キリストは、聖心を貫かれる直前にはどのような様子だったのでしょうか。ルカ福音書には次のように記されています。

23:26人々はイエスを引いて行く途中、田舎から出て来たシモンというキレネ人を捕まえて、十字架を背負わせ、イエスの後ろから運ばせた。23:27民衆と嘆き悲しむ婦人たちが大きな群れを成して、イエスに従った。23:28イエスは婦人たちの方を振り向いて言われた。「エルサレムの娘たち、わたしのために泣くな。むしろ、自分と自分の子供たちのために泣け。23:29人々が、『子を産めない女、産んだことのない胎、乳を飲ませたことのない乳房は幸いだ』と言う日が来る。23:30そのとき、人々は山に向かっては、/『我々の上に崩れ落ちてくれ』と言い、/丘に向かっては、/『我々を覆ってくれ』と言い始める。23:31『生の木』さえこうされるのなら、『枯れた木』はいったいどうなるのだろうか。」23:32ほかにも、二人の犯罪人が、イエスと一緒に死刑にされるために、引かれて行った。23:33「されこうべ」と呼ばれている所に来ると、そこで人々はイエスを十字架につけた。犯罪人も、一人は右に一人は左に、十字架につけた。23:34〔そのとき、イエスは言われた。「父よ、彼らをお赦しください。自分が何をしているのか知らないのです。」〕人々はくじを引いて、イエスの服を分け合った。23:35民衆は立って見つめていた。議員たちも、あざ笑って言った。「他人を救ったのだ。もし神からのメシアで、選ばれた者なら、自分を救うがよい。」23:36兵士たちもイエスに近寄り、酸いぶどう酒を突きつけながら侮辱して、23:37言った。「お前がユダヤ人の王なら、自分を救ってみろ。」23:38イエスの頭の上には、「これはユダヤ人の王」と書いた札も掲げてあった。23:39十字架にかけられていた犯罪人の一人が、イエスをののしった。「お前はメシアではないか。自分自身と我々を救ってみろ。」

23:40すると、もう一人の方がたしなめた。「お前は神をも恐れないのか、同じ刑罰を受けているのに。23:41我々は、自分のやったことの報いを受けているのだから、当然だ。しかし、この方は何も悪いことをしていない。」23:42そして、「イエスよ、あなたの御国においでになるときには、わたしを思い出してください」と言った。23:43するとイエスは、「はっきり言っておくが、あなたは今日わたしと一緒に楽園にいる」と言われた。

23:44既に昼の十二時ごろであった。全地は暗くなり、それが三時まで続いた。23:45太陽は光を失っていた。神殿の垂れ幕が真ん中から裂けた。23:46イエスは大声で叫ばれた。「父よ、わたしの霊を御手にゆだねます。」こう言って息を引き取られた。23:47百人隊長はこの出来事を見て、「本当に、この人は正しい人だった」と言って、神を賛美した。23:48見物に集まっていた群衆も皆、これらの出来事を見て、胸を打ちながら帰って行った。23:49イエスを知っていたすべての人たちと、ガリラヤから従って来た婦人たちとは遠くに立って、これらのことを見ていた。

イエズス・キリストは十字架に磔刑にされた極限の拷問の苦痛の最中にも、自ら犯した罪を心から痛悔して神の憐れみを乞い求め、天のみ国での永遠の安息を願う人に対して「普遍的救済意志」ともいうべき神のいつくしみをイエズス・キリストははっきりとお示しになりました。ここに、イエズスの聖心と神のいつくしみ(misericordia Dei・神のあわれみ)の結び付きが示されていることが分かります。

イエズス・キリストは十字架に磔刑にされてなお、全ての人を助けたい、そして、どんなに悪い人であっても心からの痛悔をするならば救いを与えたい、と願っていることが本当によく表されています。言い換えるならば、イエズス・キリストはご自分の命を与えるほどの私たち一人一人への深い愛によって、みんなを本当に幸せにしたいと願っておられるのだ、ということです。

先ほどの絵で描かれたイエズスの聖心から溢れ出る炎は、イエズス・キリストの全人類への惜しみない愛を象徴しています。こうしてイエズス・キリストから私たちひとりひとりへと注がれる愛は、私たちの心に満ちあふれ、他の人への思いやりの心、優しさ、勇気、悲しんでいる人を慰める力、喜んでいる人と一緒に喜ぶことのできる素直さを育んでいきます。

カトリック教会では毎月初めの金曜日をイエズスの聖心に捧げ、9か月連続で初金のミサに与る時、以下の約束が与えられています。なお、この約束は1675年に聖マリア・アラコック修道女にイエズス・キリストご自身が現れた際にお与えになった約束を教会が承認し、公布し、免償を付与したものです。

御約束(Imprimatur=教会認可)

1.私は現世において、彼らの生活の状態に必要な聖寵を与えるであろう。

2.私は彼らの家族の中に平和を確立するであろう。

3.私は彼らの全ての苦しみの中で慰めるであろう。

4.私は現世において、殊に臨終において、確かなる依り所となるであろう。

5.私は彼らの全ての事業において祝福を注ぐであろう。

6.罪人らはわが聖心のうちに限りなき憐れみの源を見出すであろう。

7.生ぬるき霊魂は熱心なるものとなるであろう。

8.熱心なる霊魂は、大いなる完徳に向かいて速やかに進むであろう。

9.私は聖心を表ししものを掲げ、光栄を帰し奉る家を祝福するであろう。

10.私はいとも頑ななる心を感動させる力を聖職者らに与えるであろう。

11.この信心を広める者はわが聖心に名前が記され、それが消し去られることはないであろう。

12.わが大なる憐れみの中で、9ヶ月間続けて毎月最初の金曜日に御聖体を拝領する全ての者に、臨終において、最終の痛悔の聖寵を与える。彼らは私に嫌われしまま(恩寵を失いしままで)死ぬことはなく、わが聖心は臨終の際に彼らの確かなる依り所となるであろう。

初金曜日の信心の必要条件

1.連続9回の毎月最初の金曜日(初金)に聖体拝領すること。

2.そのための必要準備(告解)などを行うこと。

3.「大いなる御約束の実り」を頂く意向、更に償いの意向をイエズスの聖心に持つこと。

私たちの共同体でも初金には8:00からミサが捧げられています。このイエズスの聖心への心からの信頼に満ちた祈りが、末吉町教会共同体全体をイエズスの聖心からあふれ出る愛で満たしていることに心を向ける6月に出来ると素晴らしいですね。

イエズスのみ心への祈り

恵みの泉である神よ▲あなたは、罪のために刺し貫かれた御子のみ心を通して、泉からあふれでる奔流(ほんりゅう)のように、わたしたちに、限りない恵みを注いでくださいます。恵みがわたしたちにとってむなしくならないよう、御手を(みて)を伸べてわたしたちの心を開き、開かれた心を恵みであふれさせてください。わたしたちは、他人に対しても心を開き、受けた恵みをすべての人とともに分かち合いたいと望みます。わたしたちが自分の欲望に負け、ふたたび頑(かたく)なに心を閉ざして愛を拒むことがないように、御子の心を心とすることができますように。御子の脇腹から流れ出た血と水とによって与えられた新約の恵みが、すべての開かれた心を通して、地の面(おもて)を新たにしますように。主キリストのみ心の愛によって。アーメン。

教会の母聖マリアの記念日が新しく設けられました

末吉町教会「街の灯」2018年5月号巻頭言

教会の母聖マリアの記念日が新しく設けられました

末吉町教会主任司祭 ヨゼフ 濱田 壮久神父

4月中は、11日間の欧州巡礼で教会を留守にしてご迷惑をおかけいたしました。皆様の暖かい応援とお祈りに支えられて21名をお連れしての巡礼は本当に実り豊かなものとなりました。概略だけを記しておくと、まずはフランクフルトに夜に降り立ち、翌日は神聖ローマ皇帝の選挙と戴冠式が行われてきたKaisersdom(カイザースドーム・皇帝の大聖堂・フランクフルトの聖ボロメオ大聖堂)と、皇帝のお披露目が行われた旧市役所の建物の中にあるKaiserssaal(カイザースザール・皇帝の間)を見学し、神聖ローマ帝国選帝侯大司教領の司教座が置かれていたマインツ大聖堂(カテドラル)へと移動しました。そして、1000年以上前から現存する大聖堂の聖体安置小聖堂でミサを捧げました。その後、ライン川河畔をバスで移動しレバークーゼンに宿泊し、翌日は選帝侯大司教領の司教座が置かれたケルン大聖堂(カテドラル)の聖体安置小聖堂でミサをささげ、イエズス・キリストに黄金、乳香、没薬をお捧げした聖三賢王(三博士)の聖遺骨の納められた聖遺物櫃を巡礼し、ケルン市内の主要な巡礼教会を巡りました。

その後、レバークーゼンに戻り、翌日は神聖ローマ帝国の始祖とされるカール大帝が本拠となる宮殿を置き、宮廷聖堂を設置したアーヘン大聖堂(カテドラル)に巡礼しました。その後、ベルギーのリエージュに移動し、リエージュ大聖堂(カテドラル)の聖体安置小聖堂でミサを捧げました。翌日は聖母マリアが1933年に13歳の少女にご出現になったバンヌーの聖地へと巡礼しました。バンヌーの聖体安置小聖堂でミサを捧げた後、聖母の御出現を受けたマリエッテ・ベコさんとも実際に会い、晩年には病院での聖体拝領式も行った82歳の老司祭から、実際にこの聖地でどのようなことがあったかを聞くことが出来ました。

それからルクセンブルク大公国に移動しました。翌日は日曜日でしたので、選帝侯大司教領の司教座が置かれたドイツのトリーアまでバスで1時間ほど旅をして、ケルン教会管区大司教のヴェルキ枢機卿様の主司式で捧げられたHeiligerocktagesmesse(ハイリゲロックターゲスメッセ・年に一度の、トリーアに保管されているイエズス・キリストが十字架にかけられた際にはぎ取られ、縫い目がなかったのでくじ引きで誰のものになるかが決まった聖衣(チュニカ・下着)への巡礼週間のお祝いの主日ミサ)に与り、普段は閉鎖されている聖衣保管小聖堂にも入り、祈りを捧げることが出来ました。なお、この聖衣は数十年に一度、御開帳されますが、前回の2012年の際はフランクフルトから電車を乗り継いで巡礼に行きました。その後、ルクセンブルクに戻り、ルクセンブルク大聖堂(カテドラル)に巡礼し、特に、ルクセンブルクの聖母子像への祈りを捧げました。

この御像は、17世紀にペストが大流行した際に皆が聖母マリアの庇護と取り次ぎを求めて祈ったところ、それ以降、ペストでの死者が出なくなったという伝説を持つ聖母子像です。そのため、ルクセンブルクでは毎年、国内、近隣諸国から多くの巡礼者が訪れて8日間(オクターブ)の聖母子像をまつる祈り(Marienoktav・マリエンオクターブ)が行われ、その結びのミサ後には、聖母子像の神輿の後を上智大学副学長も務めたオロリッシュ大司教様が聖体行列を導き、ご聖体の秘跡の後をルクセンブルク大公殿下ご一家が歩き、旧市街を聖体行列し、旧市街の広場の特設会場で聖体賛美式が毎年捧げられています。私も2014年には参加しましたが、本当に人々のご聖体の秘跡への深い信仰と聖母マリアへの敬愛の念に感動を覚えました。

翌日はルクセンブルク大公国内で最古のカトリック教会である987年に建立された聖ミカエル教会でミサを捧げ、空路、ミュンヘンへと移動しました。ミュンヘンから1972年ミュンヘン冬季オリンピックのスキージャンプ競技が行われ、その後もジャンプの国際大会が行われるガルミッシュ・パルテン・キルヒェンへ移動しました。スキージャンプも行われるような場所で、アルプス山脈の中なので、街を囲む山並みには雪があり、アルプスに来たのだ、という実感を覚えました。翌日は、17世紀にペストが大流行したときに村人たちがイエズス・キリストにペストによってもうこれ以上犠牲者が出ないように願い、この嘆願が聞き入れられたならば、村人が後世に渡って10年に一度、受難劇を上演し続けることを誓ったオーバーアマガウに巡礼しました。人々の深い祈りと救い主キリストへの信仰が第三千年紀を迎えた現座に至るまで受け継がれている姿には感動を覚えます。

その後、世界遺産にもなっている18世紀の巡礼教会であるヴィ―ス教会に向かいました。この教会はツィンマーマンの手によるドイツ・ロココ様式の傑作とされる壮麗でとても美しい教会ですが、もともとは1738年にイエズス・キリストの鞭うたれている御像が納屋に放置されていることに心を痛めたある農婦が御像をもらい受けて、自分の牧場に建てた小さな小聖堂に安置して毎日、毎日祈りを捧げていたところ、御像が本物の涙を流したという奇跡によって巡礼地になった場所です。香部屋係の方と色々と話をしたところ、日本人の観光客は数えきれないほどいつも訪問するけれど、日本語でのミサは長く日本で宣教師として働いていたドイツ人司祭(後でわかりましたが、上智大学のアルフォンス・デーケン神父様だそうです)が巡礼団を連れてきて数年前に捧げたミサが初めてで、日本人司祭が日本語でミサを捧げたのは初めてのことだったそうです。

ヴィ―ス教会を後にしてノイシュバンシュタイン城へ向かい、お城を見学した後でミュンヘンに移動しました。翌日はミュンヘンからバスで40分くらい離れた場所にあるダッハウ強制収容所跡へと巡礼に行きました。この収容所はナチスの収容所の中でも最も古い時期に組織された収容所で、ここでの実験的な取り組みが他の収容所での大殺戮へとつながっていった場所です。なお、この場所には、かつて自分自身もダッハウ収容所に収容されていた司祭で、のちにミュンヘン=フライジング大司教区の補佐司教になったヨハンネス・ノイホイザー司教様によって観想修道会の女子跣足カルメル会の修道院が招聘され、設立以来、毎日ミサと7回の聖務日課が荘厳に捧げられています。この修道院には、日本人のシスターがおり、今回の巡礼では午前中に収容所内の展示棟とバラック跡を巡った後で6時課の聖務日課を一緒に共唱し、それからシスターを囲んでお話を伺い、修道院聖堂でミサを捧げました。

ダッハウ強制収容所が特別な理由は、3万人以上が常時収容されていましたが、バラック棟のうち、第26号棟が聖職者棟とされていたことです。ここには延べ2720名のカトリックとプロテスタントの教役者が収容されいていましたが、そのうち2579名がカトリックの司教、司祭、助祭たちでした。なお、この収容所の中で瀕死の状態になってしまったドイツ人助祭の福者カール・ライスナー神父様は、フランス人司教から1944年の待降節第3主日に秘密裏に司祭叙階を受け、その後、主の降誕のミサを1度だけ自力で捧げることが出来ただけで、病床に臥せり、1945年5月のアメリカ陸軍第42師団の日系人部隊による解放後、ほどなくして帰天した殉教の物語もあります。

その後、ミュンヘンに戻り、旧市街の主要な教会を巡礼しました。翌日は、ミュンヘン大聖堂(カテドラル)でミサを捧げ、その後、旧市庁舎のからくり時計を見てから空港に向かい、日本へと帰国しました。

概略を書くつもりが詳述になりましたが、ここからが今月の巻頭言の本題です。

カトリック教会では、聖霊降臨の祭日後の月曜日(今年は5月21日(月))に典礼暦上の全世界の教会でお祝いされる「義務の記念日」として「教会の母聖マリア」の記念日が新設されました。

典礼秘跡省の教令『一般ローマ暦における「教会の母聖マリア」の祭儀について』によれば、「聖アウグスティヌスは、マリアはキリストの肢体の母であると述べている。それは、信者が教会のうちに新たに生まれることに、マリアが愛をもって協力したからである。他方、聖大レオは、頭の誕生はからだの誕生でもあると述べて、マリアは神の子キリストの母であると同時に、神秘体すなわち教会の成員の母であることを示している。こうした考察は、マリアが神の母であること、そして、十字架の時に頂点に達したあがない主のわざにマリアが深く一致したことに由来している」ので、聖母マリアはまさに「教会の母」なのだと説明しています。

この教令によると、霊的著作家の文章やベネディクト14世教皇様、レオ13世教皇様の教導職の文書の中でも「教会の母」という称号は用いられており、特に、第2バチカン公会議第3会期の閉会の際に福者パウロ6世教皇様が1964年11月21日に聖なるおとめマリアを「教会の母」として宣言なさいました。そして、「マリアが、信徒であれ司牧者であれマリアを最愛の母と呼ぶすべてのキリスト者の母である」のだから、「すべてのキリスト者が、最も甘美なこの称号をもって、今後いっそう神の母に敬意を払い、取り次ぎを願うよう」お定めになりました。こうして、聖ヨハネ・パウロ2世教皇様の時代には、使徒座によってロレトの連祷(聖母マリアへの連願)の中に「教会の母」という称号が付け加えられました。

なお、典礼秘跡省長官であるロベール・サラ枢機卿様による解説の中では、この決定はルルドでのおとめマリアのご出現160周年にあたってなされたことが記されています。この記念日は、ポーランドやアルゼンチン等の国では聖霊降臨後の月曜日に祝うその国の典礼暦(固有暦)上、既に認可されて祝われてきたそうです。そして、「五旬祭に聖霊を待ち望んでいたときから、地上を旅する教会に母としてたえず気遣ってきたマリアの霊的母性の神秘の意義をふまえて、教皇フランシスコは、聖霊降臨後の月曜日に、教会の母であるマリアの記念日が、ローマ典礼様式の全教会で義務として守られることを定めた。聖霊降臨の教会の活力と教会に向けられるマリアの母としての心遣いとの結びつきは明らかである」と指摘なさり、「神の愛によって成長し満たされることを望むなら、わたしたちの生活を三つの偉大な現実、すなわち、十字架と聖体と神の母の上にしっかりと据える必要があ」り、「これらは、わたしたちの内的いのちを形づくり、実を結ばせ、聖化し、わたしたちをイエスへと導くために神からこの世界に与えられた三つの神秘である」ことを教えておられます。

私たち自身も、信仰の土台を十字架と聖体と神の母聖マリアの上に据え、ゆるぎなく神の家族の一員としての歩みを重ねていくことが出来ると素晴らしいですね。

【「教会の母マリア」 記念日 聖務日課読書課 第2朗読】

第二バチカン公会議第三会期閉会に際しての福者教皇パウロ六世の演説

『教会の母マリア』

マリアと教会をつなぐ深い結びつきについて熟慮して、聖なるおとめの誉れとわたしたちの慰めのために、わたしは、至聖なるマリアが教会の母であると宣言します。それはマリアが、信徒であれ司牧者であれマリアを最愛の母と呼ぶすべてのキリスト者の母であるということです。そして、すべてのキリスト者が、最も甘美なこの称号をもって、今後いっそう神の母に敬意を払い、取り次ぎを願うよう求めます。

(略)この称号は決して目新しいものではありません。そればかりか、キリスト信者と全教会は、とくにこの母という称号でマリアに呼びかけることをむしろ好んでいます。実にこの称号は、マリアに対する信心のまことの本質に属しています。なぜなら、受肉した神のみことばの母としてマリアに与えられた尊厳にその根拠があるからです。(略)

マリアがキリストの母であり、キリストはおとめの胎において人間の本性を受けるやいなや、その神秘体すなわち教会を頭である自分自身に結びつけたからです。したがって、マリアはキリストの母であり、またすべての信徒と司牧者、すなわち教会の母でもあるのです。

(略)今この特別な時に、キリストの花嫁として救いをもたらす使命をいっそう熱心に果たそうと努める教会に対して、母としての助けを与えてくださらないはずがありません。

(略)マリアは、キリストがもたらす救いの先取りによって原罪の汚れから免れていますが、神から受けたたまものに自らの全き信仰の模範を加えました。こうしてマリアは、「信じたあなたは幸い」という福音の賛美のことばにふさわしい方となったのです。

この地上での生活において、マリアはキリストの弟子としての完全な姿を表し、あらゆる徳の鑑(かがみ)となり、イエス・キリストによって告げられたあの幸いの徳をことごとく身に帯びていました。それゆえ、全教会は、その多様な生活と積極的な活動を展開する中で、完全にキリストにならうための最高の模範を神の母であるおとめから受け取ることができるのです。

主の復活の喜びを多くの人にもたらす者になれますように

主の復活の喜びを多くの人にもたらす者になれますように

末吉町教会主任司祭 ヨゼフ 濱田 壮久神父

今年は4月1日に復活の主日を迎え、新年度の始まりと主の復活をたたえ祝う特別な日とが重なりました。3月31日(土)の午後8時から捧げられた復活徹夜祭のミサでは、310名ほどの方々が集まり、園庭で火の祝別をし、復活のろうそくに祝福された火を灯してイエズス・キリストが真に復活されたことを賛美しながら、キリストの火に導かれて聖堂まで行列し、ミサが捧げられました。このミサの中で6名の方が洗礼の秘跡を受け、初聖体を迎えました。また、今年から復活徹夜祭も「国際ミサ」として捧げるようにしたので、フィリピン共同体、中国共同体、ベトナム共同体、韓国共同体の皆様も一緒に集い、各国語の聖書朗読や聖歌があり、本当に聖霊によって一つに結ばれた神の民がともに集まり、祈っていることを深く感じることのできた夜となりました。また、キリアーレと主の祈りは「天使ミサ」を用いましたが、本当にすべての共同体の人が心を一つに合わせて美しい歌声で祈りを捧げることが出来ました。

4月1日の「復活の主日の日中のミサ」は11:30から捧げられましたが、400名ほどの方がともに集まり、「国際ミサ」として心を合わせて復活された主イエズス・キリストを賛美し、ミサの最後には、各共同体が準備してくださった復活の卵を祝福し、参列した皆さんでキリストの復活の喜びを分かち合うことが出来ました。

その後、天気にも恵まれ、満開の桜の下で園庭でパーティーが行われました。準備してくださった地区世話役会と地区の皆様、中国共同体、フィリピン共同体、ベトナム共同体、韓国共同体の皆様、本当にありがとうございました。パーティーの途中で、教会学校リーダーとフィリピン共同体のお母さんたちが準備してくれた「エッグ・ハンティング」を教会学校の子供たちが楽しめたことも本当に素晴らしかったです。その後、パーティーの片づけが終わってから、フィリピン共同体の有志が桜の木の下にシートを敷き、お花見を夕方まで楽しむことが出来ましたが、本当に復活祭の喜びに満ちた一日でした。

 さて、キリスト教の教会では主の復活が最も重要なお祝いです。フランシスコ教皇様は2013年3月13日に選ばれ、3月19日にローマ教皇に就任なさいました。そして、教皇として第2回目の2013年4月3日の「一般謁見」では復活をテーマとして取り上げ、次のように述べておられます。

「『信条』の中でわたしたちは次のことばを繰り返し唱えます。『聖書にあるとおり三日目に復活し』。まさにこの出来事をわたしたちはまさに今祝っているところです。キリスト教のメッセージの中心である、イエスの復活は、最初から響き渡り、伝えられて、わたしたちにまで達しました。聖パウロはコリントの信徒に向けて述べます。『最も大切なこととしてわたしがあなたがたに伝えたのは、わたしも受けたものです。すなわち、キリストが、聖書に書いてあるとおりわたしたちの罪のために死んだこと、葬られたこと、また、聖書に書いてあるとおり三日目に復活したこと、ケファに現れ、その後十二人に現れたことです』(一コリント15・3-5)。この短い信仰告白は、復活した主のペトロと十二人への現れをもって、過越の神秘を告げます。イエスの死と復活こそが、わたしたちの希望の中心です。イエスの死と復活への信仰がなければ、わたしたちの希望は無力なものとなり、希望といえなくなります。イエスの死と復活こそが、わたしたちの希望の中心なのです。使徒パウロはいいます。『キリストが復活しなかったのなら、あなたがたの信仰はむなしく、あなたがたは今もなお罪の中にあることになります』(17節)。残念ながら、イエスの復活への信仰をあいまいにしようとする試みがしばしば行われます。信者の間にさえも疑いが忍び入っています。それはいわば『薄い』信仰であり、力強い信仰ではありません。こうした軽薄な考え方のゆえに、また時として無

関心のゆえに、あるいは水平的な人生観のゆえに、人々は信仰よりも重要に思われる多くのものに心を奪われます。しかし、わたしたちの心を偉大な希望へと開くのは、復活です。なぜならそれは、わたしたちの人生とこの世の生活を、神の永遠の未来へと、完全な幸福へと開くからです。悪と罪と死に打ち勝つことができるという確信へと開くからです。」

 イエズス・キリストの十字架上でのご死去の意味は、私たちの罪のために死んだことを意味するのだ、と説明する聖パウロの言葉をフランシスコ教皇様は、とても大切なこととして示しておられます。つまり、主の復活をたたえ祝うことは、私たちの生活の中で犯した過ちや罪は、必ず主のご死去によって、つまり、主の十字架によって贖われ、清められることを土台としているのだ、ということを意味しているのです。実際、私たちはミサを捧げるたびに、「信仰の神秘。主の死を思い、復活をたたえよう、主が来られるまで。」という信仰告白を必ずします。この言葉を、もし軽い気持ちで唱えたり、カトリック信者としてとても大切な、主イエズス・キリストへの親愛の情を込めた信仰告白だと理解しないで唱えるとしたら、それはフランシスコ教皇様の指摘によれば、「死と復活への信仰がなければ、わたしたちの希望は無力なものとなり、希望といえなくな」る結果を招くのです。改めて、ミサごとに私たちはキリストの死と復活を心から信じ、希望のよりどころとしていることを思い起こす習慣を取り戻すことを心にとめる必要があります。

 フランシスコ教皇様は第2回目の一般謁見の演説の締めくくりとして次のような言葉を特に若者たちに託しました。

 「復活した主との出会いは、わたしたちを造り変え、信じるための新たな力と揺るぎない土台を与えます。わたしたちにも、復活した主を認めるための多くのしるしがあります。聖書、聖体、他の秘跡、復活した主の光を伝える愛のわざです。キリストの復活によって照らしていただこうではありませんか。キリストの力によって造り変えていただこうではありませんか。それは、世にあるわたしたちを通じても、死のしるしがいのちのしるしに取って変わられるためです。この広場には多くの若者がおられます。よくおいでくださいました。皆様に申し上げます。主は生きておられ、人生においてわたしたちに寄り添って歩んでくださいます。この確信を伝えてください。それが皆様の使命です。この希望を伝えてください。この希望に錨(いかり)を降ろしてください。それは天上への希望でもあります。しっかりと舫(もや)い綱を握り、錨を降ろし、希望を伝えてください。イエスの証人である皆様。イエスが生きていることをあかししてください。それがわたしたちに希望を与えます。それが、戦争と悪と罪のためにある意味で年老いたこの世に希望を与えます。若者よ、進んで行きなさい。」

 フランシスコ教皇様は、イエズス・キリストの十字架の上での死と、それに続く復活によって、イエズス・キリストが私たち信仰者と新しい出会い方をしてくださることを示しておられます。その出会いにおいては、キリストによって私たち自身が造り変えられていくのです。この復活された主との出会いで生じる私たち一人一人の「変容」は、確かな希望を持ち続ける大切な土台を私たち一人一人の人生にもたらしてくれます。そして、ヨハネ福音書にあるように、「わたしを愛する人は、わたしの言葉を守る。わたしの父はその人を愛され、父とわたしとはその人のところに行き、一緒に住む」(ヨハネ14・23)ようになってくださいます。

 私たち一人一人が主の復活をたたえ祝うとき、そのお祝いの気持ちが、聖書を毎日の生活の中でよく味わい読み深めていくことにつながり、また、聖体の秘跡におられる主イエズス・キリストを毎日曜日、つまり、主の復活をたたえ祝う主日ごとに拝領し、他の秘跡、例えば、ゆるしの秘跡に頻繁に与ったり、自分の家族や友人に病気の人がいれば、病者の塗油の秘跡を受けるように勧めたり、結婚を考えている若者がいれば、教会で結婚の秘跡を受けるように勧めたり、将来、司祭になることを考え始めている若者がいれば、勇気をもって司祭叙階を受ける道を歩みだすように勧めたりすることを通して、キリストと深く結ばれていくようになると本当に素晴らしいと思います。そして、復活した主の光を伝える愛のわざを自分の身の回りにいる人のために惜しみなく行っていく寛大さと勇気を持つことが出来ると、私たち一人一人と出会う人の心もまた、自然と復活された主イエズス・キリストの光で満たされていき、幸せと平和をもたらすことが出来るでしょう。

 自分自身のできることから始めることで、復活された主と出会った喜びを多くの人にも届けていくことが出来る復活節となりますように。

四旬節は「心からの回心、内面的悔い改め」の季節

末吉町教会主任司祭 ヨゼフ 濱田 壮久神父

今年は2月14日が灰の水曜日でしたが、末吉町教会では19:30から英語ミサで灰の水曜日のミサと灰の式が行われました。フィリピン共同体、中国共同体、ベトナム共同体、韓国共同体、日本共同体からの参列者もあり、230名近い方々と共に四旬節の歩みを祈りのうちに始めることが出来たことを神様に感謝しています。特に、子どもたちが7人も侍者の典礼奉仕をし、聖堂中に赤ちゃんや子供たちと一緒に一家で参列している家族が多かったことも神様の導きだと感じました。
四旬節はイエズス・キリストが公生活を始めるにあたって、「ガリラヤへ行き、神の福音を宣べ伝えて、『時は満ち、神の国は近づいた。悔い改めて福音を信じなさい』と言われた。」(マルコ1:14b-15)ということを思い起こすことから始まります。ですから、灰の水曜日の灰の式では、私たちは「回心して(悔い改めて)福音を信じなさい」という言葉を受けながら、一人一人、額に灰を受けるのです。灰を受けること、そして、四旬節の歩みを重ねることは「悔い改め」と結びついていることが典礼儀式の上でもはっきりと示されています。
ちなみに、2018年1月11日付で公布された日本カトリック典礼委員会(委員長:梅村昌弘司教)による『四旬節・聖なる過越の三日間・復活節の典礼に関する補足事項』5項において、「灰の式は、キリスト者が復活祭を迎えるために回心の歩みを始めることを四旬節の最初の日に示す式である。そのため、灰の水曜日以外の日に行うことは典礼上、勧められない。」と指摘されており、末吉町教会でも今年から灰の水曜日以外での灰の式は行わないことになりました。
2月17日(土)から18日(日)にかけては、教会学校四旬節黙想会が行われ、22名の子供たちがゆるしの秘跡を受け、四旬節の準備を始めることが出来ました。また、18日15:00から藤沢教会で梅村司教様司式で行われた「横浜教区合同入信志願式」には、3月31日(土)の復活徹夜祭で洗礼を受ける方々と代父母の方々と参加し、梅村司教様によって「洗礼志願者の油」が洗礼志願者の額に塗油されました。そして、2月25日(日)には高輪教会主任司祭の川口薫神父様によって四旬節黙想会が行われました。色々な世代の方々が四旬節の歩みの一歩を踏みだしている姿に神様の導きを感じます。

さて、四旬節は「悔い改め」を行う季節ですが、『カトリック教会のカテキズム』によれば、「回心と悔い改めへのイエスの呼びかけは、外的な行い、すなわち『粗衣や灰』、断食などの苦行ではなく、まず、心からの回心、内面的悔い改めを求めます。これがなければ、償いの行為はむなしく、偽りのものです。それに対して、心からの回心は、悔い改めの行為やわざなどの目に見えるしるしをもって表されます。」(1430項)
この指摘から明らかとなるのは、イエズス・キリストが福音宣教の初めに「時は満ち、神の国は近づいた。」と指摘し、続けて「悔い改めて福音を信じなさい。」と仰せになったことを、自分の生活の中でどのように受け止めるかは、まず、自分の心の内側から始まるのだ、ということです。もし、私たちキリスト者にとって、聖書のみことばが生活の柱となっているならば、その聖書の中で、特に私たちの救い主イエズス・キリストの最初の公的な呼びかけが「悔い改め」にあることを心に刻むことはとても大切なことです。
では、誰がこの「悔い改め」を行う勇気を下さるのでしょうか。カテキズムでは「キリストの復活以来、聖霊は御父から遣わされたかたを信じなかったという世の誤りを明らかにしてくださいます。ところが誤りを明らかにしてくださるこの同じ霊が、人間の心に悔い改めと回心の恵みを与えてくださる慰め主でもあられるのです。」(1433項)と指摘しています。
このカテキズムの言葉は私たちに大きな希望をもたらしてくれるものです。「慰め主」である聖霊が私たちを神のいつくしみで満たし、自分一人の力だけでは達成し得ないような内面的悔い改めと償いの行為へと私たちを導いてくだる確かな約束があることを私たちは知ることが出来るからです。
9世紀にラバヌス・マウルスによって書かれ、カトリック教会で伝統的に聖霊降臨の際に歌われてきたグレゴリオ聖歌である”Veni Creator Spiritus”(ヴェニ・クレアトール・スピリトゥス、直訳では「来たり給え、創造主なる聖霊よ」、日本語ではカトリック聖歌集223番「みたまよ来たりて」)の中には次のような節があります。

Qui Paraclitus diceris, / Donum Dei altissimi, / Fons vivus, ignis, caritas, / Et spiritalis unctio. / Infirma nostri corporis / Virtute firmans perpeti; / Accende lumen sensibus, / Infunde amorem cordibus.
別の弁護者(パラクレートス)と呼ばれる御身 / 至高なる神の賜物 / それは生命の泉・火・愛(カリタス) / そして霊的な塗油。 / 私たちの肉体の弱さを / 絶えざる勇気をもって力づけ、/ 光をもって感覚を高め / 愛を心の中に注いでください。

この節の中で言われていることは、生命の泉、火、愛であり霊的な塗油である聖霊が、私たちに勇気を与え、五官を研ぎ澄まさせ、心を愛で満たして下さるのだ、そして、それを心から私たちは懇願しているのだ、ということです。つまり、私たちの心からの回心、内面的悔い改めは、私たち人間の自分の努力だけで始めるものではなくて、慰め主である聖霊の助けの中で、神に導かれて始まる歩みなのだ、ということです。
聖霊の導きによって始められた私たちの心からの回心の具体的な生活の中での実践についてカテキズムは1435項で次のように指摘しています。

「回心は日常生活の中での、和解の行為、貧しい人々への心遣い、正義の行い、他人の権利の擁護、他人への過ちについての告白、兄弟の回心を目指す忠告、生活の見直し、良心の究明、霊的指導、忍苦、義のために迫害を忍ぶことによっても実現されます。日々自分の十字架を担ってイエスに従うことが、悔い改めのもっとも確かな道です。」

私たちの生活の中で出会う相手のことを心から大切に思って、相手の善益のためによいことを行おうとする態度こそが、内面的悔い改めによって導かれる私たちの態度だと言えるでしょう。
さて、2018年四旬節教皇メッセージについて、フランシスコ教皇聖下は「不法がはびこるので、多くの人の愛が冷える(マタイ24・12)」という表題を付けておられ、「冷えた心」という見出しで以下のように述べておられます。

「ダンテ・アリギエリは、地獄に関する記述の中で、氷の玉座に座った悪魔の姿を描いています。悪魔は、愛のない氷の家に住んでいます。ここで自分自身に問いかけましょう。わたしたちの中で愛はどのように冷えていくのでしょうか。心の中から愛が消えてしまう危険を表す兆候は、どのようなものでしょうか。
「すべての悪の根」(一テモテ6・10)である金銭欲は、何よりもまして愛を弱めます。そして人は神を拒むようになり、そのために神のうちに慰めを求めることを拒絶し、みことばや秘跡による慰めよりも孤立した状態を好むようになります。こうしたすべてのことは、胎児、病気を患う高齢者、移動者、外国人、さらには自分の期待にそぐわない隣人といった、自分にとって「確かなもの」を脅かすように思われる人に対する暴力を引き起こします。
被造物もまた、このように愛が冷えることを静かにあかししています。地球は無関心と利益追求のために捨てられた廃棄物によって汚染されています。海も汚染されています。不幸なことに海は、移住を強いられ難破した多くの人の遺体を覆わなければなりません。神の計画のもとに神の栄光を称える天空にも、死の道具を降らす兵器の筋が残されています。
わたしたちの共同体の中でも愛は冷えています。使徒的勧告『福音の喜び』の中で、わたしはこの愛の欠如のもっとも顕著なしるしを描こうとしました。それらは怠惰な利己主義、実りをもたらさない悲観主義、孤立願望、互いに争い続けたいという欲望、表面的なものにしか関心をもたない世間一般の考え方などです。こうして、宣教的な情熱は失われていきます。」

上記のような、私たちの心から神の愛の炎が吹き消されそうになっている状態をどのように解決できるかについて、フランシスコ教皇聖下は次のように教えて下さっています。

「母であり師である教会は、この四旬節の間、祈りと施しと断食という美味な薬を、時には苦い真理の薬と一緒に与えてくれます。
『祈る』ために長い時間を費やすことにより、わたしたちの心は自分自身をあざむく隠れた嘘を暴き、神の慰めを最終的に探し求めます。神はわたしたちの父であり、わたしたちが生きることを望んでおられるのです。
『施し』は、わたしたちを欲深さから解放し、隣人が自分の兄弟姉妹であることに気づかせてくれます。自分のものは、自分だけのものではないのです。施しがすべての人の真のライフスタイルになったらどんなによいでしょう。わたしたちキリスト者が使徒の模範に従い、自分のものを他者と分け合うことの内に、教会に息づいている交わりの具体的なあかしを感じ取ることができたらどんなによいでしょう。(中略)
最後に断食は、わたしたちの中にある暴力を鎮め、武装を解かせるものであり、わたしたちの成長にとって重要な機会です。断食は、必要最低限のものさえ不足する状態や、空腹に見舞われる日々の苦しみを体験させてくれますが、その一方で善意に飢え、神のいのちを渇望している、わたしたちの霊的状態も表しています。断食はわたしたちを目覚めさせ、神と隣人にさらに心を向けるよう促し、神に従う意欲を燃え上がらせます。神はわたしたちの飢えを満たす唯一のかたなのです。」

この四旬節の間、私たち一人一人が「慰め主」聖霊に助けを求めながら、私たちの心が神の愛の炎で燃え上がり、自分の十字架を担って主キリストのみあとに従っていく決意を新たにすることが出来ると素晴らしいですね。

2月11日は「世界病者の日」

末吉町教会主任司祭 ヨゼフ 濱田 壮久神父

2018年も1月1日に守るべき祝日である「神の母聖マリア」の祭日に0:00ミサと11:30ミサで世界平和を多くの方々が祈りながら始まりました。1月7日には成人式の祝福と新年会が行われ、末吉町教会の信仰共同体が神様の祝福と恵みに満たされて歩んでいくことが出来ることを感じ、本当に嬉しく思いました。
1月15日には、同日付で二俣川教会主任司祭に就任なさった議政府教区の姜真求神父様が二俣川教会へ引っ越しをなさり、20日には日本語研修を主たる使命としてヴィンセンシオ宣教会のダリル・ディニョ神父様が引っ越してきました。ディニョ神父様は、かつて日本語研修で末吉町教会におられたロエド神父様と同じ宣教会のメンバーです。姜神父様の新しい歩みの上に神様の恵みが豊かに注がれるよう心からお祈りするとともに、末吉町教会にディニョ神父様を迎えて、私たちが神様からの恵みをさらに豊かに頂くことが出来ることを感謝しております。

さて、典礼暦では毎年2月11日に任意の記念日として「ルルドの聖母」をお祝いします。そして、この日は「世界病者の日」として世界中のカトリック教会で祈りが捧げられます。末吉町教会でも、毎年、2月11日近い主日に世界中の病者のために1月から教会全体で準備した霊的花束が奉納され、ミサの中で心を合わせて祈っています。今年は、2月11日が日曜日にあたるので、まさに「世界病者の日」に心を合わせて祈りをお捧げすることになっています。

この「世界病者の日」は、聖ヨハネ・パウロ2世教皇様によって1993年から始められました。そして、「病者がふさわしい援助を受けられるように、また苦しんでいる人が自らの苦しみの意味を受け止めていくための必要な援助を得られるように、カトリックの医療関係者だけでなく、広く社会一般に訴えていかなければなりません。」(カトリック中央協議会ホームページより)とされています。毎年、「世界病者の日」には、教皇様は病気で苦しむ方々を慰め、彼らが必要な支援を受けられるよう医療従事者を励まし、また、病気の人のために祈り、お見舞いに行く人々のことを応援してくださいます。

今年、第26回目を迎えた「世界病者の日」にあたってフランシスコ教皇様は、「教会の母―「『ごらんなさい。あなたの子です……見なさい。あなたの母です。』そのときから、この弟子はイエスの母を自分の家に引き取った」(ヨハネ19・26-27)」というテーマで教皇メッセージを発表しておられます。
フランシスコ教皇様は1項では、「このイエスのことばは、全人類の母となるというマリアの召命の原点です。マリアは御子の弟子たちの母となり、彼らとその旅路に心を配ります。」と述べ、「十字架による言語に絶するイエスの苦しみは、マリアの心を刺し貫きましたが(ルカ2・35参照)、マリアを行動不能にしたわけではありません。それどころか、マリアは主の母として、献身という新しい道を自ら歩き始めます。イエスは十字架上から教会と全人類のことを気遣い、マリアはその思いを共有するよう招かれます。」と指摘しておられます。
そして、2項では、「愛された弟子ヨハネは、救い主の民である教会を表します。ヨハネはマリアを自分自身の母と認めるよう求められます。その際、ヨハネはマリアを受け入れ、たとえ不安や企てが生じても、マリアの中に弟子の模範とイエスから託された母としての召命を見いだすよう招かれます。マリアは愛する母であり、イエスに命じられたように愛することができるよう子らを導く母です。」と述べ、教会は聖母マリアと共に、聖母マリアに導かれて人々を愛し抜く道を歩んでいくことを教えておられます。
4項では、2000年にわたる教会の歴史を振り返り、「困窮している人と病者に対する教会の母としての召命は、病者のために尽くす活動を重ねる中で実践されてきました。この献身の歴史を忘れてはなりません。この歴史は今日でも、全世界で続いています。公的医療制度が適切な形で機能している国では、修道会、教区、カトリック系の病院は充実した治療を施すよう努めるだけでなく、人間を中心とした治療を行い、いのちとキリスト教的倫理観を尊重した科学研究を行うよう努めています。医療制度が不十分であるか欠如している国では、教会は幼児死亡率を下げ、伝染病の拡大を阻止するために、人々に出来るだけ充実した治療を行うよう努めています。教会は、たとえ治療を行う立場にいなくても、あらゆる場所で人々のことを気遣っています。ひん死のけが人をすべて受け入れる『野戦病院』という教会のイメージは、実際に現実のものとなっています。宣教会や教区の病院だけが人々に必要な治療を施している地域が世界中にいくつもあるのです。」と指摘しておられます。

日本のカトリック教会は日本の社会の中では少数派ですから、「カトリック教会」としての働きに医療分野も含まれていることを意識する機会は少ないかもしれません。しかし、世界中を見渡すと、確かにカトリック教会の果たしている役割は大きいのです。ドイツに住んでいた時、フランクフルトの街にはカトリック教会の病院も沢山ありましたし、ドイツ国内でも地域によっては救急車の運営がマルタ騎士団やその他の修道会等を設立母体とするカトリック団体によって行われていました。また、日本では、諸事情で両親によって育てられることが出来ない新生児を匿名で受け入れ、特別養子縁組をしていく「赤ちゃんポスト」については、「こうのとりのゆりかご」という名称で熊本にあるカトリックの慈恵病院でのみ行われています。また、アフリカ大陸では、ヨーロッパ諸国の「カリタス」の援助によってセスナ機が運用されており、病院へのアクセスが困難な地域で、カトリックの医師や看護師が定期的に巡回し、予防接種を行ったり健康診断を行ったり、簡単な治療を施すことも広範囲で実施されています。「カリタスジャパン」もアジア諸国やアフリカ諸国等での衛生教育等にも協力をしています。

このような取り組みを今後も展開していく方向性として、フランシスコ教皇様は5項では、「長い歴史の中で病者のために奉仕してきたという記憶は、キリスト教共同体、とりわけそうした活動を実際に行ってきた人々に喜びをもたらします。しかし、自分自身をさらに豊かにするためには、とりわけ過去に目を向けなければなりません。病者に奉仕する多くの団体の創設者に見られるどんな犠牲もいとわない寛大さ、何世紀も続いてきた数々の取り組みがもつ愛に基づく創造性、信頼のおける革新的な治療を病者に施すために科学的研究を行う熱意といった、過去の事柄からわたしたちは学ばなければなりません。この過去の遺産は、未来をしっかりと設計するための助けとなります。それはたとえば、医療を営利目的の事業にし、貧しい人々を切り捨てようとする企業利益優先主義という世界的な脅威からカトリック系の病院を守るためにも役立ちます。病者の尊厳を尊重し、病者を中心とした治療をつねに行うことは、組織がより賢明になり、愛のわざが行なわれるために不可欠です。公的機関で働き、自らの行いを通して福音のよいあかし人となるよう招かれているキリスト者も、同じ方向をたどるべきです。」と指摘しておられます。
6項では、イエズス・キリストがご自分の癒す力を教会に与えて下さったことに言及して、「教会の使命は、イエスからのこの贈り物に応えることです。教会は、主のように優しく思いやりに満ちた視線を病者に向けなければならないことを自覚しています。医療にかかわる司牧活動は、小教区の共同体から最先端の医療機関に至るまで、皆が新たな熱意をもって携わるべき必要不可欠な使命でしたし、これからもそうあり続けるでしょう。慢性疾患や重度の障害を抱えた子どもや親、親戚を介護している多くの家族の優しさと忍耐強さを、わたしたちは忘れることはできません。家庭内で行われる介護は、人間に対する愛の卓越したあかしであり、正しい認識と適切な政策によって支えられなければなりません。したがって医者、看護師、司祭、修道者、ボランティアの人々、家族、そして病者をケアするすべての人がこの教会の使命に携わっています。それは、各自の日々の奉仕をさらに有意義なものにする共同責任です。」と述べ、教会の使命として小教区の司牧の現場でも共同体としてこの使命を果たすことを求めておられます。

1月30日の横浜教区月修で復活祭以後の人事異動が発表になりました。私については、末吉町教会で3年目の歩みを始められることを神様に心から感謝すると同時に、再び港南教会の主任司祭も兼務することになりました。また、日本カトリック神学院福岡キャンパスで月2回、「教会論(教義学)」の集中講義も始まります。4月からは、ますます多忙とはなりますが、病者への司牧訪問、病者の聖体拝領式、病者の塗油の秘跡は、カトリック教会がキリストの使命を果たす素晴らしい機会ですので、これまで以上に自分の時間を割いていこうと考えています。残念ながら、2016年4月に末吉町教会に赴任してきたときは、教会としては「病者訪問チーム」は解散してしまっていました。今年の目標は、「病者訪問チーム」を再建することです。皆様の中で、特にこの分野での教会の司牧に協力してくださる方が多く現れてくださることを心から願っています。

サンタクロースと聖ニコラウス司教

主任司祭 ヨゼフ 濱田 壮久神父

11月には12日に七五三の祝福式があり、神様の祝福に包まれてすくすく成長する子供たちの輝く笑顔で聖堂中が明るく照らされ、また、26日の王であるキリストの祭日には12名の子供たちの初聖体式を教会共同体全体で大きな喜びのうちにお祝いすることが出来ました。そして、いよいよ1年間の典礼の暦が終わって、新しい典礼暦年が始まります。
典礼暦年は11月末の待降節第1主日から始まりますが、待降節の典礼色は紫色です。この紫色が意味するのは、救い主の誕生を心待ちにして、神様に心を向けて穏やかな心で静かに幼子イエズス・キリストを待つことです。つまり、典礼暦年は、私たちの希望、救い主イエズス・キリストの誕生、私たちのもとへの到来をワクワクしながら待ち望む季節で始まります。
今年は、中国共同体の皆さんが聖堂の中にとても立派なプレセヴィオ(キリストの降誕の場面を模した馬小屋)を設置してくれました。また、待降節の主日の度に一本ずつ灯されていく3本の紫のろうそくと1本のバラ色のろうそくからなるアドヴェントクランツも祭壇前に置かれ、主の降誕に向けて私たちの信仰の歩みも希望と待望に満ちたものになることと思います。
さて、クリスマスにはサンタクロースが付き物で、幼稚園のクリスマス礼拝でも、礼拝が終わった後の「お楽しみ」の部分で毎年大きな袋を持ったサンタクロースが子どもたちにクリスマスプレゼントを届けに来てくれます。このサンタクロースは、ある実在の司教様がモデルになっていることはあまり知られていないかもしれません。サンタクロースは、英語では“Santa Claus“と書きますが、これは聖ニコラウスのラテン語のSanctus Nicolausが変化した書き方です。つまり、サンタクロースは、聖ニコラウス司教様がモデルになっているのです。聖ニコラウス司教様は、紀元270年頃に生まれ345年に帰天した司教で、今のトルコという国にあるミラという町の司教様でした。
さて、聖ニコラウス司教様の町に、仕事で失敗して、お金がなくて困っているお父さんと3人の娘さんたちがいました。そのころ、娘さんたちは結婚をしたいと思っていましたが、持参金といわれる、相手の家族に渡すお金がなくて、毎日泣き暮らしていました。
ある夜、家の中にお金が投げ入れられました。だれがくれたかは分かりませんでしたが、一番上の娘さんは、無事に結婚できました。
次に、二番目の娘さんも結婚することになりましたが、やはり、持参金がなくて困っていました。ある夜、家の中にお金が投げ入れられました。だれがくれたかは分かりませんでしたが、二番目の娘さんも無事に結婚できました。
三番目の娘さんも結婚することになりましたが、やはり困っていました。そんなとき、お父さんは、今度こそ、誰が自分の娘さんたちを助けてくれているのか知りたいと思って、夜も寝ないで見張っていました。
そのとき、ニコラウス司教様が、大きな袋を家に投げ入れたのを見つけました。お父さんは、本当に嬉しくなって、「ニコラウス司教様、本当にありがとうございます」と言って、感謝しました。
この、聖ニコラウス司教様の人目を忍んで困っている人を助ける姿は、後世に語り継がれていき、ドイツをはじめとするヨーロッパ諸国では12月6日の聖ニコラウス司教様の祝日の前後に、大きな「ザンクト・ニコラウス祭 ”Sankt Nikolaus Fest”」が祝われます。このとき、ザンクト・ニコラウスは、大きな帽子をかぶって杖をもって、マントを着てドイツ中の幼稚園や小学校、中高、大学や老人ホーム等にやってきます。そして、良い子、正しい大人には、ご褒美をくれますが、悪い子、悪い大人には、クランプスがお仕置きをします。クランプスとは化け物で、日本人にとっては「なまはげ」をイメージすると近い存在ということが言えます。
さて、ザンクト・ニコラウスの衣装で特徴的なのは、もじゃもじゃの白いひげと、赤いミトラ(司教冠)、赤いストラと赤いカッパ(ミサ以外の典礼の際に用いられるカトリックの祭服、マントのような形をしています)、そして、バクルス(司教の牧杖)です。つまり、本物のカトリック司教の祭服を模した衣装が用いられているのです。こうして、ザンクト・ニコラウスの訪れと信仰の旅路の歩みとの間には密接な結びつきがあることが今も色濃く映し出されています。

聖ニコラオ司教のミサ(12月6日)の聖書朗読個所から【ルカによる福音書10:1~9】

10・1 その後、主はほかに七十二人を任命し、御自分が行くつもりのすべての町や村に二人ずつ先に遣わされた。10・2 そして、彼らに言われた。「収穫は多いが、働き手が少ない。だから、収穫のために働き手を送ってくださるように、収穫の主に願いなさい。 10・3 行きなさい。わたしはあなたがたを遣わす。それは、狼の群れに小羊を送り込むようなものだ。 10・4 財布も袋も履物も持って行くな。途中でだれにも挨拶をするな。 10・5 どこかの家に入ったら、まず、『この家に平和があるように』と言いなさい。 10・6 平和の子がそこにいるなら、あなたがたの願う平和はその人にとどまる。もし、いなければ、その平和はあなたがたに戻ってくる。 10・7 その家に泊まって、そこで出される物を食べ、また飲みなさい。働く者が報酬を受けるのは当然だからである。家から家へと渡り歩くな。 10・8 どこかの町に入り、迎え入れられたら、出される物を食べ、 10・9 その町の病人をいやし、また、『神の国はあなたがたに近づいた』と言いなさい。

聖ニコラウス司教様は、神の国の到来を告げ知らせる務めを果たすとき、特に困窮の中にある人々を支え、励まし助けていきました。このことを受けて、聖ニコラウス司教記念日のミサの聖書朗読個所には、ルカ福音書から上記の個所が選ばれています。つまり、聖ニコラウス司教様の訪れとは、「主の平和」をもたらす方を自分の家族の生活する家庭の場へと迎え入れることを意味しているのです。
今年も沢山の家庭に、特に、小さな子どもたちのいる家庭にサンタクロースが訪問することと思います。そのようなときにこそ、このサンタクロースが実はザンクト・ニコラウス、つまり、聖ニコラウス司教様なのであり、各家庭に「平和の君(王子)」としてお生まれになる主イエズス・キリストからの「主の平和」をもたらすことを改めて思い起こしましょう。そして、主の降誕の夜半(12月24日夜)や主の降誕の日中(12月25日朝)には、カトリック信者の「守るべき祝日」(主日、つまり日曜日と同様に、「教会の五つの掟」に従って必ずミサに与るべき典礼暦上の祝日。日本の教会では主の降誕と1月1日の神の母聖マリアが該当します。)として、心からの喜びと感謝のうちに、嬰児としてお生まれになった主イエズス・キリストをお迎えし、聖なるミサで祈りを捧げられると素晴らしいですね。

マザー・テレサのことばから
わたしはあのときのことを、絶対に忘れることはないでしょう。ある日、ロンドンの街を歩いていて、ひとりの男性がとても寂しそうに、ポツンと座っているのを見かけました。わたしは彼のところへ歩いていって、彼の手を取り握手しました。彼は大声でこう叫んだのです。「ああ、人間のあったかい手に触れるのは、何年ぶりなんだろう!」彼の顔は喜びで輝いていました。彼は、ついさっきとは、まったく違った存在になっていました。自分のことを大切に思い、共にいたいと思ってくれるだれかが、この世にはいるのだということを、感じてくれたのでしょう。わたしは、この経験をするまでは、このような小さな行為が、これほどまでに喜びをもたらしてくれるなんて、まったくわかっていなかったのです。
(マザー・テレサ日々のことば、2009年11月 女子パウロ会 「3月10日」)

そして、クリスマスが人と人との出会いの中で、イエズス・キリストのぬくもりを共に味わうことの出来る素晴らしいときとなりますように。