末吉町教会「街ノ灯」2020年7月号巻頭言
上杉神学生の助祭叙階式が無事に執り行われました。
末吉町教会主任司祭 ヨゼフ 濱田 壮久神父
7月4日(土)午後2時から横浜教区司教であるラファエル梅村昌弘司教様の手で、末吉町教会と港南教会に昨年から司牧研修に週末ごとに来ているルカ上杉優太神学生の助祭叙階式が無事に執り行われました。本来であれば、復活節第4主日(今年は5月3日)「世界召命祈願日」(別名:「善き牧者の主日」)に大勢の方の参列を受けて大きなお祝いの中で助祭に叙階されるはずでしたが、今回は、新型コロナウィルスの感染拡大を受けての特別な状況の中で参列者は司祭と神学生、ご家族だけに限定されての少人数の叙階式でした。今回は上杉助祭様と同時に、同級生の西村助祭様も叙階の秘跡を受けました。7月17日に司祭叙階予定の石渡助祭様もいたので、横浜教区の助祭叙階式では珍しいことに、「助祭団」の3人の中で、同じ聖職位階の役務を受けた仲間、兄弟としての平和のあいさつが交わされていました。私は教区副事務局長の谷脇神父様の助祭叙階式の時は、司祭叙階前だったので助祭団による平和のあいさつを2人で交わしましたが、3人いるというのは本当に横浜教区では珍しい光景で、神さまの恵みが横浜教区に豊かに注がれていることを実感することが出来ました。
さて、末吉町教会では2022年、つまり2年後に150周年を迎えます。末吉町教会の歩みの始まりは横浜雙葉学園を含む全国の雙葉学園を創立した幼きイエス会(サン・モール会)との二人三脚によるものでした。この点について横浜雙葉学園レジナ会の会報のために歴史をまとめました。これから2年後に控えている150周年記念の準備として、第三千年紀、21世紀の末吉町教会の私たちが、教会の歴史の始まりに思いを馳せるためにレジナ会の会報から歴史をまとめた部分のみを以下に引用します。
横浜でのサン・モール会と教会の絆について
さて、カトリック末吉町教会では2017年7月15日(土)にマザー・マチルド他4名のサン・モール会(幼きイエス会)会員の横浜上陸145周年及び横浜修道院閉鎖の感謝のミサが横浜教区長であるラファエル梅村昌弘司教様の司式で捧げられました。『街ノ灯―カトリック若葉町・末吉町教会120周年記念誌』(1996年12月24日刊)によると、「1866年プチジャン師が新たに日本代牧区教皇代理に任命され、香港において司教叙階された。司教は横浜にその教区長館を置き、その職務を果たしていた」そうです。このプチジャン司教様が1872年、「キリシタン禁制の解かれる希望が見えてきた。今すぐ宣教に来てほしい」という手紙をメール・マチルドに送り、幼きイエス会の横浜上陸につながりました。ちなみに、キリシタン禁制の高札は1873年(明治6年)に撤去されました。
『街ノ灯』によると、パリ外国宣教会のペティエ神父様とミドン神父様は1872年には「外国人居留地のみの司牧ではく、すでにサン・モール会修道女たちが活動し始めている日本人地区若葉町近郊の宣教を試み、巡回を開始したのである。それは当時の聖心教会(後の山手教会)が居留地内にあり、居留地外国人信徒を中心とするためであったが、あらためて日本人のための教会建設を目的としていた」そうです。これは、『街ノ灯』の「歴史年表」によると、「1872年:居留地外日本人のために『巡回教会』、聖心教会天主堂よりバリ外国宣教会司祭が巡回し日本人への布教に努力、若葉町に巡回教会(末吉町教会の礎)」とあります。
また、横浜市が開港50周年を記念して発行した『開港50年史』によると、「聖ミカエル教会は、中区若葉町1丁目2番地に在る。(略)宣教師ムガブール(X. Mugabure)師の時代に、地を若葉町に卜して、2階建の洋館を建築し、階上を礼拝堂に充て、階下を小学校専用とし、明道小学校なる名称を附した。此小学校は、教員2名と、明治5年6月、仏國サンモール会の修道院から来た修道者サン・マチルダ(Sainte Mathilda)女史及び邦人修道者山上カク(山上女史は、昭和3年11月17日、社会事業に貢献した功績を以て、帝国政府より表彰された。)等によって、信徒其外有志子弟の薫陶に従事し、通学生は約百名を算するに至つた(略)」そうです。この明道小学校設立および「聖ミカエル教会」(若葉町教会)献堂にあたっては「歴史年表」によると、「ムガブル師は布教所に定住、日本人のための布教に専念、後に東京大司教となる。教会設立の際、サン・モール修道会の尽力によるところ大であった。」と記されています。
その後、末吉町教会は1945年5月29日に横浜大空襲で聖堂、司祭館、幼稚園が全焼し、戦後、若葉町一帯が米軍に接収され米軍のモータープール及び飛行場にされたことで、9月下旬に現在の末吉町教会の地所を代替地として入手して現在に至ります。このように、若葉町教会から末吉町教会へと至る横浜の居留地外の邦人信仰共同体の歩みはサン・モール会とともに歩んできたものでした。なお、横浜市内の教会のうち、保土谷教会は1939年6月14日(三位一体の祝日)に若葉町教会から分離独立して小教区として設立され、戸部教会は1955年に末吉町教会から分離独立して設立され、磯子教会は1957年に設立され、港南教会は1987年に分離独立して設立されました。
現在、末吉町教会の洗礼台帳には、キリスト教禁制の高札が撤去された1873年の翌年、1874年の分から記録が残っています。これほどの歴史を重ねてきた末吉町教会は何を大切にしてきたのかといえば、マタイ福音書の結びの箇所で示される「大宣教命令」です。
【マタイによる福音書28章16節~20節「弟子たちを派遣する」】
28:16さて、十一人の弟子たちはガリラヤに行き、イエスが指示しておかれた山に登った。 17そして、イエスに会い、ひれ伏した。しかし、疑う者もいた。 18イエスは、近寄って来て言われた。「わたしは天と地の一切の権能を授かっている。 19だから、あなたがたは行って、すべての民をわたしの弟子にしなさい。彼らに父と子と聖霊の名によって洗礼を授け、 20あなたがたに命じておいたことをすべて守るように教えなさい。わたしは世の終わりまで、いつもあなたがたと共にいる。」
イエズス・キリストはご自身が父である神から「天と地の一切の権能を授かっている」ことを宣言なさった上で、洗礼を授け、使徒たちに対して彼らに託した教えをすべて守るようにおしえることで「すべての民」をキリストの弟子にすることを「命令」として遺されました。しかし、これは決して「遺言」ではありません。イエズス・キリストは「わたしは世の終わりまで、いつもあなたがたと共にいる。」と確約なさり、私たち一人ひとりの地上での人生の時間、また、地上での生活を終えた後の天国での時間に渡って永遠に「いつも」「共にいる」ことを明らかにされました。
つまり、末吉町教会の148年に及ぶ歴史の中で、末吉町教会で洗礼を受けた全ての人、また、末吉町教会に所属して信仰生活を送ってきた全ての人、また、末吉町教会出身の修道者、聖職者の全て、末吉町教会の全ての協力司祭、助任司祭、主任司祭と、地上で生きている間も、地上での人生を終えて煉獄での清めを待っているときも、天国に迎え入れられてからも、生きておられる主イエズス・キリストご自身が一人ひとりと寄り添って下さっているのです。
横浜教区助祭として新しく誕生した2名の助祭も、神さまの恵みによって来年には司祭に叙階されることと思います。こうして、神さまの恵みは世代から世代へと受け継がれていきます。聖職位階に属する人たちの間で世代が継承されるということは、末吉町教会としても世代が継承されていくこととも重なり合って、末吉町教会として信徒も主任司祭も決して途絶えることなく、これからも歴史の歩みの中で世代の継承を重ねていくことができることが分かります。
150周年を記念するための準備期間として2年間は短いのかもしれません。しかし、これからの2年の末吉町教会の歩みの中で、これまでの末吉町教会の世代から世代へと継承されてきた素晴らしい信仰の実りをこれからの50年を目指してどのように次の世代に継承することができるかをじっくりと皆様と一緒に考えていくことが出来ればと心から願っています。
今回の新型コロナウィルスの感染拡大のなかで、感染抑止のために末吉町教会としても大きな犠牲を払ってきました。3月末から5月末まで信徒参列によるミサを捧げることができませんでした。また、6月に入ってからも聖堂については木曜日と日曜日のミサの前後の時間のみ扉を開き、信徒会館は未だに封鎖されたままで、祈りの集いや講座、教会学校を中止としたままです。たとえ、このような困難な状況を経験したとしても、末吉町教会のこれまでの世代の皆さんが「天国の応援団」として、地上を生きる今の世代の私たち一人ひとりが信仰において主イエズス・キリストという土台に堅固に根差して、これからの世代に末吉町教会を通して神さまの恵みの豊かさを伝えていくことが出来るように取り次いでくださっていることに心を留めて歩んでいければと心から願っています。
前回の記念誌は1996年発行でしたからそれ以来の24年間の歩みについて、皆様一人ひとりが関わってきた諸活動の歩みをまとめて下さると、これからの世代に末吉町教会に注がれた神さまの恵みの豊かさを生き生きと伝えていくことが出来ると思います。ぜひ、ご自宅でお過ごしになる時間が取れる今、皆様一人ひとりにお願いしたいのは、文章にまとめていただくことです。その文章を集めることで2年後の150周年には末吉町教会の150年の歩みを立体的に生き生きと記録に残すことが出来ると思います。
主イエズス・キリストが「いつも」「共に」いてくださることを記憶に残し語り継ぐプロジェクトを末吉町教会の私たち一人ひとりが心を合わせて一緒に始めることが出来れば本当に素晴らしいですね。