いよいよ公開ミサを再開します

末吉町教会「街の灯」2020年6月号巻頭言

いよいよ公開ミサを再開します

末吉町教会主任司祭 ヨゼフ 濱田 壮久神父

 末吉町教会では新型コロナウイルスの感染拡大を受けて3月28日(土)から聖堂閉鎖が始まり、政府による緊急事態宣言が延長されたこともあり、主日としては5月31日(日)聖霊降臨の祭日まで信徒の参列の無いミサを捧げてきました。この間、信徒の皆様には本当に大きな犠牲を払っていただきながら、社会の中で共に生きている人々の生命を守るために家に留まることで、大きな大きな「隣人愛」を実践していただくことが出来たことを本当に嬉しく思います。幸い、教会委員会の中で教会閉鎖が長期化する兆しが見えたときから、Youtubeでミサをライブストリーミング配信することについて準備を進めて頂くことが出来たことで、4月9日(木)聖木曜日の主の晩さんのミサから、画面を通してとはいえ、末吉町教会の皆様や港南教会の皆様、色々な方々と今日まで心を合わせて祈りを捧げながら「ステイホーム期間」を歩むことが出来ました。準備に当たって下さり、また、毎週のミサで配信作業をして下さった教会委員の皆様に心から御礼申し上げます。

 教会閉鎖が決まった日から、毎日、聖堂で末吉町教会、港南教会の皆さまのために、そして新型コロナウイルスによる肺炎や合併症からの恢復を心待ちにする全世界の患者さん、治療・看護にあたる医療従事者の方々、無念の死を遂げた方々、社会の中で大きな犠牲を払いながら感染拡大防止に協力した全ての人々のためにミサを捧げ、日々の時間を聖化する聖務日課の典礼の5つの時課を歌唱で捧げ、ロザリオの祈り、神のいつくしみのチャプレット、その他、連願の祈りやイエズス・キリストの至聖なる聖心への祈りや聖母マリアの汚れなきみ心への祈り等、信心業の祈りを捧げてきました。社会全体が先行きへの不透明感に覆われ、不安や不満が大きな渦になっていく様を見ている中で、イザヤ書の次の箇所を黙想しました。

【イザヤの預言32章15節~18節「神の霊の働き」】

32・15 ついに、我々の上に /霊が高い天から注がれる。 /荒れ野は園となり /園は森と見なされる。 /32・16 そのとき、荒れ野に公平が宿り /園に正義が住まう。/32・17 正義が造り出すものは平和であり/正義が生み出すものは/とこしえに安らかな信頼である。 /32・18 わが民は平和の住みか、安らかな宿 /憂いなき休息の場所に住まう。

 主イエズス・キリストが復活され昇天なさり、天の父である神の右の座、すなわち、宇宙の王としての玉座に着座なさったことで約束の霊、聖霊が私たち一人ひとりにも与えられました。この「高い天から」の霊は私たちの住む場所を、「荒れ野」から豊かな実りをもたらす「園」(ウルガタ訳聖書:Et erit desertum in hortum)へと変えてくださいます。新型コロナウィルスの感染拡大中の私たちの生活の場は、いわば「荒れ野」とも言える状況でした。この「荒れ野」という言葉、ラテン語のdeserta(デセルタ) は「de =~ない」と「serene(セレーネ)=つなぐ」という言葉が組み合わされて、「見捨てられた場所」=「他の何かとつながっていない場所」という意味から来ています。確かに、私たちはこれまでの日常では当たり前のように出かけたいところに出かけ、会いたい人に会うことが出来ていましたが、「ステイホーム」期間は出かけることを遠慮し、人と会うことも自粛していたことと思います。人間的な次元、社会的な次元だけを見るならば、私たちの生活全体が「荒れ野」になっていたと思います。私自身も、ミサではYoutube配信をして下さる教会委員の方と香部屋準備をして下さる方、侍者、先唱、朗読、詩編先唱をしてくれる青年など、ほんの少しの方としか会わない主日が続きましたし、聖母幼稚園も休園、栄光学園中高も休校、病者訪問は中止、船員司牧も中止、キリスト教講座、入門講座等も中止となっていて本当に人との出会いの少ない期間を過ごしていました。

 しかし、もし、私たちが祈りのうちに聖霊を迎え、自分の心の中心にある玉座に宇宙万物の王、パントクラトールであるイエズス・キリストに着座していただくことができるならば、私たちの生活の全ての瞬間が豊かな実りをもたらす「園」(=hortus、ホルトゥス)になるのだ、と預言者イザヤは教えています。そして、この「園」には正義が住まい、平和が造りだされ、安らかな信頼がとこしえに生み出されます。聖霊を迎えることで私たちに与えられる平和と安らかな信頼は、私たち一人ひとりがどんな場所にいても、たとえ一人でいる時間であっても常に私たちと共にあります。自分の生活の場で、深い神様への祈りに満たされる時間を過ごすとき、神様が与えて下さるのは平和のすみか、安らかな宿、憂いなき休息の場所です。

 まだまだ新型コロナウィルスの感染拡大は世界規模では終息に至っていません。この点で、色々な報道に接する時に不安や心配が生じることもあると思います。そのような時にこそ、聖霊によって私たちが深い安らぎを頂けることに心を向けて祈って頂ければと思います。預言者イザヤは次のような言葉も残しています。

【イザヤの預言33章2節~6節「救いを求める祈り」】

33・02 主よ、我らを憐れんでください。 /我々はあなたを待ち望みます。/朝ごとに、我らの腕となり/苦難のとき、我らの救いとなってください。 /33・03 どよめきの声によって、もろもろの民は逃げ /あなたが立ち上がられると、国々は散る。 /33・04 いなごが奪い去るように、戦利品を奪い去り /ばったが跳ねるように/人々はそれに飛びつく。/33・05 主は、はるかに高い天に住まわれ/シオンに正義と恵みの業を満たされる。 /33・06 主はあなたの時を堅く支えられる。 /知恵と知識は救いを豊かに与える。 /主を畏れることは宝である。

 「主はあなたの時を堅く支えられる」とイザヤは言います。私たちの生活の一瞬一瞬は神様によって堅く支えられていることを思い起こし、「主を畏れることは宝である」という信仰を心に抱きながら、「我々はあなたを待ち望みます」と朝毎に祈りながら一日を始めることが出来ると素晴らしいと思います。6月はイエズス・キリストの至聖なる聖心の月です。次のような伝統的な「呼禱(ことう)」を朝の祈りに付け加えることをお勧めします。

【呼禱】(『カトリック祈禱書』長崎大司教区 平成12年 24頁より)

至聖なるイエズスの聖心(みこころ)、▲我等をあわれみ給え。

心の柔和、謙そんなるイエズス、▲我等の心を聖心(みこころ)に肖(あやか)らしめ給え。

聖マリアの汚れなき聖心(みこころ)、▲我等の為に祈り給え。/大天使聖ミカエル、▲我等の為に祈り給え。/聖ヨゼフ、▲我等の為に祈り給え。/聖フランシスコ・ザベリオ、▲我等の為に祈り給え。/幼きイエズスの聖テレジア、▲我等の為に祈り給え。/日本の尊き殉教者、▲我等の為に祈り給え。

街ノ灯 編集 広報委員会より      (カトリック中央協議会 記事より抜粋)

6月はイエスのみ心の月 

イエスのみ心は全人類に対する神の愛の象徴としてイエスの心臓を表し、その信心はイエスのみ心に表される神の愛を思い起こし、その無限の愛のしるしであるみ心をたたえるものとして中世に始りました。特に聖マルガリタ・マリア・アラコック(1647-90)がみ心の信心についての啓示を受けて17世紀にフランスで広まりました。1675年6月16日、この聖女はご聖体を前にして、イエスの愛にこたえたいという思いに駆られました。そのときイエスは、愛情に燃えているみ心を示して、人々の間に存在する冷淡な心を嘆かれ、イエス自身の愛に倣ってその心を尊ぶことを勧められました。

またこのようなイエスの出現が数回にも及び、ご聖体の祝日(キリストの聖体)後の金曜日をみ心を礼拝する特別な祝日として定めるようにとのお告げにより、み心の信心の内容と形式が明確にされるようになりました。

そして1856年に教皇ピオ9世によってイエスのみ心の祭日がご聖体の祝日後の金曜日に全世界で祝うことが定められました。ご聖体み心の主日がおおよそ6月に祝われるというこのような歴史からして、次第に6月が「イエスのみ心の月」と自然に浸透し、制定されてきたことは十分に考えられます。

6 月・7 月中の主日のミサ順守義務の免除付与について

+主の平和 神奈川県では政府による緊急事態宣言が解除され、徐々に日常を取り戻す動きが出てきました。ただ、完全に新型コロナウィルスの感染拡大前の態勢にはすぐに戻すことができません。 そこで、末吉町教会の信徒の皆様には、7 月末日まで主日のミサ順守義務の免除を付与しま す。特に持病のある方、ご高齢の皆様については、ご自分の判断にお委ねしますが、例えば Youtube 配信での主日ミサに与りながら「霊的聖体拝領を求める祈り」を 7 月末までご自宅 で捧げていただければと願っています。

なお、本公布は、『新カトリック教会法典』の規定による主任司祭の権能行使となります。教 会法はラテン語が正本ですので、翻訳と正本とを以下に載せます。

教会法 1245 条: 第 87 条所定の教区司教の権利を妨げることなく,主任司祭は,正当な理 由の存するときは教区司教の規定に従って,個々の場合に守るべき祝日若しくは償いの日の順 守義務を免除し,又は他の信心行為をもってこれに替えることができる。聖座法による聖職者 会においては,修道会又は使徒的生活の会の上長も,自己の従属者及び昼夜その家に居住 する他の者に対して同様のことができる。

なお、守るべき祝日は『日本における教会法施行細則』に次のように定められています。 22)第 1246 条 2 項 日本における守るべき祝日 a)日本における守るべき祝日は、すべての主日、主の降誕の祭日、そして神の母聖マリアの祭 日である。

 【カトリック末吉町教会信徒への 6・7 月中の主日のミサ順守義務の免除付与】

私は、カトリック横浜司教区教区長から与えられたカトリック末吉町教会の主任司祭と しての教会法上の権能によって、カトリック末吉町教会に属する信徒の守るべき祝日のう ち、2020 年 6・7 月中の主日について順守義務を免除し、

1日曜日には、Youtube 配信でのミサに与り、「霊的聖体拝領を求める祈り」を捧げる 2「聖書と典礼」に記されている聖書のみことばを読み、味わい、主の祈りと以下の「霊 的聖体拝領を求める祈り」を捧げる 3ロザリオの祈りを1環捧げ、「霊的聖体拝領を求める祈り」を捧げる

上記の 3 つの選択肢のうちから一つを選ぶことをもって替えることが出来ることを宣言 します。当面の間、主日ミサについて、Youtube の「末吉町 教会公式」チャンネルで公式にライブ配信いたします。

【霊的聖体拝領の祈】(『カトリック祈祷書』カトリック長崎大司教区 平成 12 年)

イエズス・キリスト、われは主が至聖なる聖体の秘蹟のうちにましますことを固く信じ、万事に 超えて主を愛し、主を受け奉(たてまつ)らんことを望む。されど、今聖体を拝領すること能(あ た)わざれば、霊的にわが心に降(くだ)り給(たま)え。主よ、われ主を受け奉(たてまつ)りし 如(ごと)く、主によりすがりて、わが身を全く主に一致せしめ奉(たてまつ)る。願わくは主を離 るるを許さず、悪魔のわなより救い給(たま)え。わが心に主の愛の火を点じ、永遠に主の御た めに燃ゆるを得しめ給(たま)え。アーメン。

以上

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